研究課題/領域番号 |
20K05844
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研究機関 | 大阪府立大学 |
研究代表者 |
太田 大策 大阪府立大学, 生命環境科学研究科, 教授 (10305659)
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研究分担者 |
三芳 秀人 京都大学, 農学研究科, 教授 (20190829)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 藻類バイオマス / 脂質合成 / オルガネラ電子伝達 / 酸化還元レベル |
研究実績の概要 |
ユーグレナは嫌気的環境下,貯蔵糖質であるパラミロンの加水分解によって供給される炭素源を利用し,還元的TCA回路と共役して嫌気的にATPを生産するが,その副産物として細胞乾燥重の30%以上にも達する量のワックスエステル(WE)を蓄積する。これまでに,化合物ライブラリー・スクリーニングによって, WE 蓄積量を2.0倍以上に増加させる多環芳香族化合物(キノン類活性化合物)を発見した。100 microM のOATN003 (1,8-dihydroxy-10H-anthracen-9-one)とOATQ008 (1,4-diaminoanthracene-9,10-dione)の添加時,WE蓄積量はそれぞれ2.3倍,2.8倍となった。ユーグレナ生細胞において,暗所の酸素消費速度はONAQ008添加で2.5倍,OATN003添加では1.1倍に上昇した。一方,粗ミトコンドリア画分にOATQ008を添加しても,暗所の酸素消費速度に変化はなかったが,OATN003添加では濃度依存的に酸素消費速度が上昇し,最大で約3倍に達した。また,両化合物の存在下で,HCO3-依存の明所での酸素発生速度が低下することがわかった。ホウレンソウからチラコイド膜を単離し,フェリシアン化カリウム依存の酸素発生を計測したところ,OATN003とONAQ008の添加によって酸素発生が阻害された。以上の結果は,ユーグレナのミトコンドリアにおけるOATQ008とOATN003の作用機序が異なるだけでなく,これらの化合物が葉緑体電子伝達経路にも作用することを示しており, 生細胞における活性化合物添加によるWE生産能の増強は,これらの化合物がミトコンドリアと葉緑体の両方の電子伝達経路への影響が総合的に反映された結果と考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
キノン類活性化合物(OATN003とONAQ008)の活性について,生細胞での実験結果(暗所酸素吸収活性)と単離ミトコンドリア(内膜電子伝達活性)の結果に整合性が認められない。これまで,一連の活性化合物はWE産生に直接的に関わるミトコンドリアの嫌気的な代謝機能に作用すると考えて実験計画を実施してきた。しかし,ミトコンドリア内膜と葉緑体チラコイド膜の電子伝達経路においては,それぞれユビキノンとプラストキノンの酸化還元と,それにともなう電子伝達が起こる。したがって生細胞を用いた実験では,添加した活性化合物がミトコンドリア内膜およびチラコイド膜の電子伝達活性の両方に同時に作用してもおかしくはない。実際,単離チラコイド膜の電子伝達活性は活性化合物添加によって阻害された。生細胞を用いた実験の結果は,ミトコンドリアだけではなく葉緑体電子伝達経路にもこれらの化合物が影響を及ぼすこと,また活性化合物によるWE合成促進もミトコンドリアと葉緑体の両方の機能への介入の結果を反映していると考えられる。すなわち,単離ミトコンドリアとチラコイド膜のそれぞれの活性に対する化合物の影響を別々に評価するだけでは,ユーグレナ細胞の総合的な代謝アウトプットとしてのWE産生の増強を説明できない。これらの考察結果を説明するための実験系が構築できていない。
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今後の研究の推進方策 |
キノン類活性化合物によるWE産生の増強はミトコンドリアと葉緑体の機能の両方への介入の複合的な結果と考えられるが,活性化合物存在下,異種オルガネラ間の相互作用をin vitroで検証する具体的な方法は存在しない。まず,ミトコンドリアと葉緑体のそれぞれにおいて,キノン類活性化合物が電子伝達活性に及ぼす阻害・促進の影響評価を完了させる。また,これら活性化合物による葉緑体電子伝達系への影響を精査するため,ユーグレナの単離葉緑体を用いた実験に着手する。これまでの実験では,光照射下で好気的に培養したユーグレナを供試したが,実際には嫌気条件下でWE生産の活性化が起こる。今後,嫌気条件での培養後に単離したオルガネラを用いて実験する。また,生細胞における活性化合物の作用がどのように統合されるかを解析するための実験に着手する。キノン類活性化合物がオルガネラ電子伝達活性に影響を及ぼすことが明らかとなったため,酸化/還元プローブや電位差測定プローブによって数値化した酸化還元レベルを細胞内環境マーカーとし,WE産生量,メタボローム情報,化合物の添加濃度,培養環境などの関係を解析する。最終的には,酸化還元レベルを低分子化合物の添加によって調節し,WE産生の増強に直結する可能性を検証する。
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