研究課題/領域番号 |
20K05846
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
武田 穣 横浜国立大学, 大学院工学研究院, 教授 (40247507)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | Sphaerotilus montanus / マイクロチューブ / アセチル化 / 多様性 |
研究実績の概要 |
有鞘細菌は細胞列を包み込むマイクロチューブを形成する。鞘は細胞の連携によって形成される秩序だった細胞外微細構造体である。本研究では、積層造形方式の3Dプリンターのように末端でのみ伸長する多糖系の鞘を持つSphaerotilus属に着目する。末端部のみでの伸長するためには、損傷した血管が止血に至る機構に類似した、しかし極めて単純な仕組みによる可溶性高分子(鞘形成高分子前駆体)の微小領域での不溶化(鞘形成高分子への成熟)が進行していると考えられる。いかなる可溶性高分子が、いかなる変化を受けて凝集し形体を成しえるのかを明らかにすれば、水溶性高分子を素材とする水中での微細造形技術の開発に展開できる。 今年度はSphaerotilus montanusの鞘形成高分子の構造決定に関する論文の公開に至った。これはSphaerotilus属の鞘形成高分子に対する二例目の構造決定であり、既知の高分子(Sphaerotilus natans由来)との違いが明らかとなった。両高分子は同じ多糖骨格を有するものの、S. montanusの高分子はアセチル基による置換の度合いが高い一方、ペプチド部分が存在しなかった。したがって、Sphaerotilus属の鞘には多様性があり、複合糖質系と多糖系に大別できると考えられる。さらに、ペプチド部分なしでも鞘形成が可能であることが判明したことから、従来の定説(形態形成にはペプチド部分が必須)を覆す発見となった。脱アセチル化処理を施すと鞘が崩壊したことから、形態形成におけるアセチル化の重要性が示された。つまり、ペプチド部分は形態形成に必須ではなく、アセチル基によってその作用を補うことができることが立証された。鞘の多様性を検証すべく活性汚泥より鞘形成細菌を探索した。単離株は既知のSphaerotilus属株とは似て非なる分類学的特徴を示したことから新種の可能性がある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Sphaerotilus属のマイクロチューブ(鞘)形成高分子はおしなべてペプチド系複合糖質(チオペプチドグリカン)であり、形態形成にペプチド部分(ジスルフィド結合による架橋形成)が必須であるとの定説を覆し、ペプチドを含まない鞘形成高分子も存在することおよびペプチドを有しない多糖でも積層造形が可能であることを立証した。すなわち、静電的相互作用と水素結合を主体とする積層造形の存在を初めて見出した。また鞘形成高分子の構造決定の過程で、チオペプチドグリカンリアーゼの基質特異性(ガラクトサミンからグルクロン酸へのグリコシド結合を切断)を確かめ、その新規性(既知の多糖リアーゼは脱アセチル状態のアミノ糖は認識しない)のさらなる裏付けを得た。さらに、鞘のさらなる多様性を示すであろうSphaerotilus属に類縁の新種と思しき菌株の単離にも至った。 これまでに下記の具体的成果が得られている。①蛍光顕微鏡観察により、Sphaerotilus montanusの鞘が積層造形によって形成されることを確認した。②鞘形成高分子の構造決定に至り、既知のSphaerotilus属の鞘とは異なり純然たる多糖であることを見出した。③S. montanusの鞘形成高分子は部分O-およびN-アセチル化された両性多糖(陽性解離基と陰性解離基の数が同じの両性多糖)で、適度なアセチル化と解離基の静電的相互作用が鞘形成に重要であることを明らかにした。④チオペプチドグリカンリアーゼがS. montanusのマイクロチューブに作用することを確かめ、他に類を見ない基質特性を再確認した。④活性汚泥より形態学的にSphaerotilus属ながらカタラーゼ陰性(Sphaerotilus属の既存株は陽性)で、新種の可能性が高いことがわかった。このように着実に進展していることから、おおむね順調に進展していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
細菌による細胞外での積層造形に関する理解を深めるべく、Sphaerotilus属の鞘の多様性をさらに詳細かつ広範に調べるべきと考えている。そこで、これまで鞘の分析が行われていなかったSphaerotilus hippeiの鞘の調製と構造解析を進める予定である。すでにS. hippeiの基準株を入手して鞘調製に適した培養条件の検討に着手している。Sphaerotilus属に近縁と予想される新規単離株については、まず分類学的位置付けを明確化する必要がある。そのためには各種表現型の検討のみならず、完全ゲノムの解読による分子生物学的側面からの分類学的解析が望ましく、これも取り組むべき課題と考えている。分類学的検討と並行して鞘の調製と分析を試みる。このほか、Sphaerotilus属に類似の鞘を形成するLeptothrix属にも視野を広げ、両属のゲノム(多くの株で完全ゲノムの解読がすでになされている)を詳細に比較・解析して鞘形成に関与する可能性の高い共通遺伝子(特に、グリコシルトランスフェラーゼ遺伝子、脱アセチル化酵素遺伝子、多糖分泌関連遺伝子)の特定を目指す。余力があれば、唯一のバクテロイデス門の有鞘細菌(その他の有鞘細菌はすべてプロテオバクテリア門)であり、鞘に関する研究が全く行われていないHaliscomenobacter属の鞘調製に着手する。積層造形ではなく割込造形により鞘を形成するThiothrix属の鞘(塩基性多糖からなる)においても、鞘形成にアセチル化が重要であることが知られており、Sphaerotilus属と対比しながら鞘形成機構の理解を進めるには格好の研究対象である。したがって、Thiothrix属の鞘(特に主要成分であるグルコース・グルコサミンβ-1,4交互重合体)の挙動についても余力があれば検討を加えたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
年度末に調達した物品の見積額と実際の納入額にずれがあり繰越金が生じた。今年度の物品調達で使用する予定である。
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