本研究は、様々な疾患の予防や治療という臨床医学的観点から重要な分子である内因性ジギタリス様物質(EDLF)の構造を、理論計算と合成化学を駆使して解明するものである。具体的には、白内障患者の水晶体から見出された19-ノルブファリン(19-NB)の完全な構造解明を最終目的として、i) MSスペクトルの理論計算予測に立脚した19-NBの立体異性体の絞り込み、およびii) 19-NBの合成法の確立と文献値との比較による提唱構造の検証、という2点について検討する。前年度までに、19-NBのA環に関する全ジアステレオマーを合成可能な共通中間体の合成法を確立した。また17位の2-ピロンの構築を試み、初期案が困難であることを確認した。本年度は、1)17位ラクトンの構築法の開発、および2)理論計算予測を用いたジアステレオマー間のMSスペクトルの比較、という2点を中心に検討した。 1)① 2-ピロンの構築法の開発: 本年度はブテノリドからの環拡大を使った2-ピロンの構築を検討した。その結果、置換基を有するものの2-ピロン骨格の構築に成功した。②ブテノリドの構築法の開発: 前年度までにモデル基質で成功していた環状シランからブテノリドへの変換法を利用し、抗腫瘍活性天然物であるアンチアロシドYのアグリコンに相当する19-ノルジギトキシゲニンの全合成を達成した。 2) 既に合成が完了しているラクトン欠損型ステロイドのジアステレオマーを使って、QCEIMS法によるMSスペクトルの計算データと実測データの比較を行ったが、高い精度でスペクトルが再現されなかった。現在、単純なモデル系のジアステレオマーを使って計算予測と実測データの比較検討を行うとともに、精度向上について本計算手法の開発者であるGrimmeらと意見交換をしている。
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