酸化を受けた脂質(過酸化脂質)による発がんの研究例は複数存在するが、がんの悪性化に与える影響についてはほとんど検証されていない。我々は、がん細胞に無限の増殖能を与え、腫瘍の悪性度と極めて高く相関する酵素テロメラーゼに着目し、過酸化脂質がテロメラーゼ活性に与える影響について検討した。過酸化脂質(2~10μM)を培地に添加して大腸がん細胞HCT116を24時間培養した結果、テロメラーゼ活性が濃度依存的に増大した。テロメラーゼ触媒サブユニット(hTERT)の発現をウエスタンブロットとリアルタイムPCRで解析したところ、過酸化脂質処理によってhTERTのmRNAとタンパク質発現が誘導された。したがって、過酸化脂質は転写レベルでテロメラーゼを活性化させることが示された。この分子機構として、過酸化脂質がMAPK経路の誘導を介してがん遺伝子c-Mycを活性化させ、テロメラーゼの活性を亢進すると考えられた。過酸化脂質と種々の食品機能性成分をHCT116に同時に処理することで、過酸化脂質によるテロメラーゼ活性化を抑制する食品成分をスクリーニングした。その結果、抗酸化成分が有効であることを見出した。例えば、ビタミンE(α-トコフェロール)を過酸化脂質と同時添加することにより、過酸化脂質によるテロメラーゼ活性の増大が緩和された。一方、がんモデルとして近年注目を集めているがん患者由来のオルガノイド(一般的ながん細胞株と比べて実際の生体に近い特徴を保持したがん細胞)を活用し、過酸化脂質による影響を調べたところ、大腸がん患者由来のオルガノイドにおいてもテロメラーゼの活性化が認められた。
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