研究課題
今年度は緑黄色野菜の水溶性成分に含まれるスーパーオキシドラジカル(SOR)消去活性評価について、改良を進めて信頼性が向上したHPLC-ESR装置を応用した。今年は緑黄色野菜として収穫時期が異なる「ほうれん草」2種類(夏7月と冬1月)を測定対象とした。「ほうれん草」の可食部分に同重量の水を加えてミキサーで粉砕後、80℃で30分間加熱後に自然濾過して得た試料溶液を遠心分離して水溶性画分を凍結乾燥して粉末を得た。「冬ほうれん草」および「夏ほうれん草」の水溶性成分をHPLC-ESR測定に供し、それらの総SOR消去活性をコーヒー酸換算濃度([CA]eq.)として0.212 mMおよび0.091 mMとして評価し、「冬ほうれん草」の抗酸化活性は「夏ほうれん草」を約2倍上回ることが判明した。HPLC-ESRで記録したESRクロマトグラムの面積強度解析から、抗酸化活性の内訳を比較すると、遷移金属イオンが寄与するSOR消去活性は両者でほぼ等しい約0.05 mMであった。他方、低分子量有機分子のSOR消去活性では「冬ほうれん草」ではスピナセチンとパツレチンなどのフラボノイド類の活性が約0.10 mMであったが、「夏ほうれん草」では僅か約0.010 mMに減少していた。同様に、「冬ほうれん草」はアスコルビン酸のSOR消去活性が約0.03mM保持されていたが、「夏ほうれん草」ではアスコルビン酸の寄与は消失していた。我々の知る限りでは、収穫時期が異なる「ほうれん草」のSOR消去活性の詳細を明らかにした研究例は皆無であり、当該研究分野におけるHPLC-ESR分析法の有用性が明らかにされた。
2: おおむね順調に進展している
青果物水溶性成分のスーパーオキシドラジカル(SOR)消去活性の精密解析を実現するために、HPLC装置のカラム下流にSORの生成装置と流通型ESR装置を結合したHPLC-ESR装置を開発してきた。これまでに、HPLC-ESR装置のハード面の改良が順調に進展したことから、ESRクロマトグラムのS/N比とベースラインの安定性が向上した。HPLC-ESR解析のソフト面では、ガウス線形の重ね合わせによるESRクロマトグラムの面積強度解析に非線形最小自乗法を採用したことで定量解析の精度が改善できた。HPLC-ESR法ではSOR消去活性を有する水溶性成分の探索と評価を実現するが、青果物の水溶性成分には多くの糖類、アミノ酸、有機酸などの低分子量成分が大量に含まれている。これらの低分子量成分のほとんどはSOR消去活性を発揮しないが、それらの含有量は青果物を特徴付ける上で重要な情報を提供する。HPLC-ESR測定結果をより精密に解釈するために、NMR法を応用して主要な水溶性低分子量成分の組成と含有量の解析を試みた。例えば、「ほうれん草」水溶液の凍結乾燥した粉末をNMR測定に供し、糖類としてフルクトース、ガラクトースおよびグルコースの総含有量は約50 mMに達することを見いだした。このほかに、オキシ酸などの水溶性脂肪酸と脂肪族アミノ酸の含有量をそれぞれ10 mM以下として見積ることができた。この他の微量成分として、アスコルビン酸、芳香族アミノ酸およびケイ皮などフェノール酸誘導体の総含有量を約3 mM程度と解析した。NMRとHPLC-ESR測定の結果の対比から、「ほうれん草」の水溶性成分に含まれる低分子量有機物の僅か2%程度が「ほうれん草」のSOR消去活性に寄与ことが判明した。HPLC-ESRとNMR法を併用することの有用性が示された。
本本研究の主目的としている着色成分を多く含む青果物水溶性成分のSOR消去活性評価の対象として、紫芋およびブルーベリーなどのアントシアニン系物質を多量に含む青果物について研究を行う。アントシアニン系ポリフェノールはC環オキソニウム骨格が中性水溶液中で容易に開環して分解するため、pH7.4の緩衝溶液を使用するHPLC-ESR法ではSOR消去活性評価が困難である。少なくとも、水溶性成分の抽出段階でアントシアニンの開環反応を抑制するため、pH3程度の酸性水溶液での抽出を試みる予定である。試みとして、アントシアニン系を多く含む紫芋を主原料とする食用酢をHPLC-ESRの測定対象とする研究を進める。紫芋の酢酸発酵で製造される食用酢は高濃度のアントシアニン系ポリフェノールを含有し、それらは弱酸性条件下で安定に存在している。紫芋酢を使用することで少なくとも試料調製段階でのアントシアニン誘導体のC環の開裂を防ぐことができる。pH7.4において紫芋酢のHPLC-ESR測定を行うことで、C環が開裂する前後のアントシアニン誘導体のSOR消去活性を評価する。この測定からアントシアニン誘導体の抗酸化活性におけるオキソニウム骨格の寄与を解明したい。紫芋酢の他に黒豆やブルーベリーを主原料とする果実酢を測定対象として、同様のHPLC-ESR測定を行う予定である。HPLC-ESR装置は高塩濃度下でフェノール性物質を特異的に吸着するゲル濾過カラムを使用している。そのため、水酸基を多数有するポリフェノール類は、しばしばカラムから溶出せずに残留する。この問題点を解決するために、溶離液の塩濃度を可変してHPLC-ESR測定を実施する分析手法を検討し、本法の測定対象の拡大を推進したい。
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