植物が有するエピジェネティックなStress memoryを,乾燥ストレス環境における作物生産に応用することを目的に,Drought hardening(DH,事前に乾燥ストレスを与えることで,その後の耐乾性が高まる現象)およびTransgenerational drought memory(TDM,親世代に与えた乾燥ストレスのメモリが後代に伝わり,耐乾性が強化される現象)に関する研究を進めてきた.研究期間を1年延長した最終年度は,トウモロコシのDH,ソルガムのTDMの研究を深化させるとともに,コムギにおける過湿ストレスメモリの研究にも取り組んだ. ポット栽培したソルガムの親・子世代に乾燥ストレスを与えて得た孫世代の種子を育苗し,これに乾燥ストレスを与えたところ,対照個体に比べて葉の膨圧を高く維持し,これによって巻きや萎れが軽減され,老化や枯死の進行が遅延することが明らかになった.また, DHによる耐乾性向上効果をさらに高めるために,トウモロコシ苗に事前に与えるストレス強度を段階的に高めるDrought trainingを行ったが,その向上効果はDHと同等であった.さらに,最終年度はポット栽培したコムギを対象に過湿ストレスメモリの検証も行った.分げつ期に過湿ストレスを経験させておくと,開花期以降の耐湿性が向上して窒素吸収能が維持され,これにより早枯れや減収が軽減されることが明らかになった. 研究期間を通じてストレスメモリ研究を推進した結果,複数の作物種において,当代だけでなく次世代においてもメモリによるストレス耐性向上効果が確認された.これは塩や過湿などの他のストレスでも同様であったことから,作物において一般化できる現象と考えられるが,その効果は顕著ではなかった.今後,これらの効果を最大化する手法を明らかにすれば,ストレス下における栽培技術として実用化に繋がると期待される.
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