研究課題/領域番号 |
20K06015
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研究機関 | 静岡大学 |
研究代表者 |
本橋 令子 静岡大学, 農学部, 教授 (90332296)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 光合成 / 遅延蛍光 / 環境ストレス |
研究実績の概要 |
作物生産にとって栄養管理は重要であり、管理が適切でないと収量や品質の低下を招くが、作物においてどの栄養素が不足しているのか判断することは難しい。植物から検出される遅延発光は比較的微弱な蛍光であり、葉緑体の光化学系の反応中心で光エネルギーにより電荷分離反応が起こった後に、分離したエネルギーの高い電荷(光化学系の酸化側に生じた正電荷と還元側に生じた負電荷)が再結合することでクロロフィルP680が再励起状態になり、それが基底状態に落ちる際に放出される蛍光である。遅延蛍光は、光合成機能を通して環境ストレスに対する植物影響をモニターする汎用性の高いツールとして期待されている。ほとんどの栄養元素が光合成に関わっていることを考えると、遅延蛍光の減衰曲線は栄養欠乏状態に対して影響を大きく受ける可能性があると考えた。本研究では、各栄養元素を欠乏させたMGRL培地を用いてシロイヌナズナを水耕栽培し、遅延蛍光をBIOPHOTON ASSAY SYSTEM PMX6100(浜松ホトニクス株)を用いて非破壊的に測定した。その結果、遅延蛍光の減衰曲線は通常条件と比較して、栄養成分のうち、窒素、リン、カリウム、鉄、マンガン、銅の欠乏条件下で変化することが分かった。また、それぞれの栄養欠乏条件における遅延蛍光の減衰曲線が異なることから、各栄養欠乏状態を遅延蛍光によって判断することが出来る可能性を見出した。 さらに、PMX6100を用いた遅延蛍光測定では、光合成誘導光照射後におけるクロロフィル蛍光の一過的上昇と同様に、NDH依存的サイクリック電子伝達経路活性を簡便に測定することができることを示した。遅延蛍光の減衰波形は、指数関数的な速い減衰成分とピークを持つ遅い減衰成分の2つからなり、前者ではQA及びQBによるP680の再結合、後者ではPSⅠを介したCETを含むQB以降の逆反応を反映していることが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
第62回日本植物生理学会において、「シロイヌナズナでの遅延蛍光による植物の栄養欠乏診断」という演題で、遅延蛍光を測定することで、植物の窒素、リン、カリウム、鉄、マンガン、銅の欠乏状態をモニタリングできることを示した。また、第63回日本植物生理学会において、「延蛍光測定によるシロイヌナズナのサイクリック電子伝達評価」という演題で、研究発表を行った。サイクリック電子伝達(CET)は、PSⅠを介した電子がフェレドキシンからプラストキノンに戻される電子伝達であり、NADPHを蓄積せずにATPのみを生成する。被子植物においてCETは、アンチマイシンA感受性である主要なPGR5/PGRL1依存経路と、補助的なNADHデヒドロゲナーゼ様複合体(NDH)依存経路の2つの経路からなるが、PGR5/PGRL1依存的なCETの役割についてはまだ未解明な部分がある。PMX6100装置を用いた遅延蛍光測定では、NDH依存的CET活性を簡便に測定することができることを示した。遅延蛍光の減衰波形は、指数関数的な速い減衰成分とピークを持つ遅い減衰成分の2つからなる。前者ではQA及びQBによるP680の再結合、後者ではPSⅠを介したCETを含むQB以降の逆反応を反映していることが示唆された。また、本研究では、シロイヌナズナの遺伝子破壊株を用いて、異なる光強度下で遅延蛍光を測定し、CETの評価も行うことができ、遅延蛍光減衰波形の分析手法も提案でき、解析手法は大きく進展した。しかし、昨年度単離された高温日変動条件で遅延蛍光の減衰曲線が野生型と明らかに異なった株の多くがサイクリック電子伝達に関与する原因遺伝子の破壊株であったため、それぞれの遺伝子破壊株のトランスクリプトーム解析や発現組織、発現誘導因子の解析、GFP融合タンパク質を用いた原因タンパク質細胞内局在観察は行わず、計画は少し変更されている。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、さらにサイクリック電子伝達に関与する因子の遺伝子破壊株やカルビンベンソン回路などの遺伝子破壊株を用いて、遅延蛍光の減衰曲線データの解析手法を検討する。 また、光強度や温度以外の環境変動における光合成への影響を遅延蛍光でモニタリングできるか検証する。 具体的には、赤色又は青色単色照射条件下における遅延蛍光の経時的変化、赤色、青色の混合比の違いによる遅延蛍光への影響を観察する。 さらに、葉の老化による経時的な変化、エチレン処理による老化促進時、SAG (Senescence Associate Gene)遺伝子などの老化により発現量が増加する遺伝子の破壊株の遅延蛍光データを取得し、遅延発光により老化現象をモニタリングできるのか検証する。すでに、老化しない変異体 (stay green mutant)、老化関与遺伝子変異体sag2、sag12、老化促進変異体sen2 (senescence 2)を取得している。具体的には、生育1ヶ月のシロイヌナズナからロゼットリーフの第5葉と第6葉の遅延発光を5日ごとに測定し、変化が生じる時期を特定する。エチレン処理(処理後の経時的変化、さまざまな処理時間)による老化促進の影響を遅延蛍光で検出出来るかを調べる。SAG(senescence associate gene)遺伝子などの老化時に発現量が増加する遺伝子の破壊株や老化しない変異体(stay green mutant)の遅延発光データを取得する。 遅延蛍光に影響が生じる条件におけるパルス変調(PAM)蛍光法のデータも取得し、遅延蛍光のデータと比較し、遅延蛍光による葉菜類の品質管理が可能か検証する。
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