遅延蛍光は、光照射後の暗所にて光合成生物から発せられる微弱な蛍光であり、光合成電子伝達の逆反応によって発生する。その減衰波形は、指数関数的な速い減衰成分とピークを持つ遅い減衰成分の2つからなる。前者はPSⅡ電子受容体であるQAおよびQBとの再結合、後者はQB以降の逆反応を反映することが示唆されている。したがって、遅延蛍光における遅い減衰成分はサイクリック電子伝達経路(CET)におけるPQの還元を反映している可能性がある。そこで、本研究では、シロイヌナズナにおけるCET欠損変異体の遅延蛍光を測定し、CETの評価を遅延蛍光によって行うことができるのか調査した。 シロイヌナズナを含む被子植物では、主要なPGR5依存経路と、補助的なNADHデヒドロゲナーゼ様(NDH)複合体依存経路の2つからCETが構成される。PGR5依存CETは強光下におけるΔpHの形成に不可欠であるが、PGR5を蓄積しないpgr5-1変異体では遅延蛍光にほとんど影響がなかった。一方で、NDH依存CETは弱光下でのみその重要性が示されているが、NDHを蓄積しないcrr2-2変異体では遅延蛍光における遅い減衰成分のピークが弱く、大きく遅延していた。したがって、遅延蛍光では主にNDH依存CETによるPQの還元を反映していることが示唆された。 また、2つのCETが欠如したpgr5-2×crr2-2ではcrr2-2と比較して遅い減衰成分のピークが回復していた。すなわち、2つのCETが欠如すると、リニア電子伝達経路(LET)によって還元されたPQの一部は蓄積されることが示唆された。さらに、pgr5-2×crr2-2変異体では、照射された光強度に対する遅延蛍光の変化が野生型と同じであったが、強光下においてLETが強く制限されるpgr1では、照射する光を強くしても遅延蛍光に変化を示さなかった。したがって、光強度に依存する遅延蛍光の変化はLETによるPQの還元を反映していることが考えられる。
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