研究課題/領域番号 |
20K06051
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
矢野 修一 京都大学, 農学研究科, 助教 (30273494)
|
研究分担者 |
秋野 順治 京都工芸繊維大学, 応用生物学系, 教授 (40414875)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
キーワード | アリの足跡物質 / カンザワハダニ / 不飽和炭化水素 / ゲリラ豪雨 / クロヤマアリ / アミメアリ / ナミハダニ / 網上産卵 |
研究実績の概要 |
ハダニの餌植物利用は、分散ステージの雌成虫が植物に定着するか否かで決まる。我々は、多くの農薬が効かない害虫のナミハダニやカンザワハダニの雌成虫が、ハダニを捕食するアミメアリやハダニを捕食しないクロヤマアリの足跡がある植物葉を嫌うことを発見した。アリの活動がハダニの餌植物利用を制約することを意味する。さらに、カンザワハダニはアミメアリの足跡に残る分枝不飽和炭化水素類とクロヤマアリの足跡の直鎖不飽和炭化水素類を嫌い、後者の単独成分であるの9z-ヘプタコセン(炭素数27)と9z-ノナコセン(炭素数29)をそれぞれ有意に忌避した。以上の成果をもとに、クロヤマアリとアミメアリの足跡に含まれる炭素数が21~35の直鎖不飽和炭化水素類と炭素数が23~50の分枝不飽和炭化水素類を「ハダニ忌避剤」として特許出願(特願2021-028372)した。この忌避剤が画期的なのは、1)自然界にありふれた物質なので合成農薬と違って人体と環境に優しいこと、2)ハダニは多くの農薬に耐性を進化させるが、この忌避剤に耐性を持つ(つまりアリの足跡を恐れない)ハダニはアリに捕食されて淘汰されるので耐性が進化しないこと、3)広食性(すなわち無差別殺戮者)のアリを恐れる害虫はハダニだけではないので、この忌避剤はハダニ以外の多くの害虫にも効果が期待されることである。 前課題から継続する研究テーマで、捕食者を経験したカンザワハダニが捕食されにくい網上に産卵して子を守る反面、網上の卵が風雨で流失しやすいことを実証した。この成果を国際誌で公表して記者発表を行った(京大広報2021年3月4日)。捕食者と風雨に対する害虫のジレンマを世界で初めて発見した成果であり、ハダニが平時には網上に産卵しない理由と、ハダニが雨期に減る理由が説明できる。また、捕食者を利用して農業現場のハダニを抑える生物的防除が雨期に最も効果的だと予測できる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ハダニの捕食回避行動を利用してハダニを制御することを目指す本研究課題の目的に沿った大きな成果が2つあった。ひとつは、捕食者と風雨の相乗作用でハダニが制御される発見を国際学術誌と記者発表で公表し、捕食者を利用したハダニの生物的防除の有効な運用法を提案できたことである。もうひとつは、ハダニが嫌うアリの足跡物質を「ハダニ忌避剤」として特許出願を完了したことである。本研究課題の成果を社会に還元する道筋を作れたと考える。足跡の主要な化学成分全てを検証するには今後かなりの時間を要するが、現時点で単独で忌避される化学成分を2つ特定できたことは、予定を上回る進捗状況だと判断する。以上の状況を踏まえ「当初の計画以上に進展している」と判断した。 その他の研究成果の公表もほぼ順調である。当初参加予定だった第29回日本ダニ学会大会と第9回欧州ダニ学会議(伊)がコロナ禍で中止になり発表機会を失ったが、オンライン開催された第65回日本応用動物昆虫学会大会では共著者とともに4件の口頭発表を行うことができた。参加を予定していた国内外の学会大会が中止あるいはオンライン開催されたため、当初見積もっていた出張旅費を繰り越さざるを得なかったが、後述するように、本年度以降にオープンアクセス誌への投稿料に転用しようと考えている。
|
今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で、ハダニが餌植物葉に残るアリの足跡を嫌うことを明らかにしたが、この現象の意義を植物が持つ階層構造に即して考えたい。つまり、アリの足跡を嫌うハダニなどの歩行性害虫は、茎や葉柄などの通行の要所にアリの足跡が残ると、その先にある葉へのアクセスを妨げられるのではないか、という仮説を検証する。一方で、カンザワハダニが避けることが確認されたクロヤマアリの直鎖不飽和炭化水素(9z-ヘプタコセンと9z-ノナコセン)が、カンザワハダニ以外の害虫種にも避けられるかどうかを確認する。まずは近縁種で農薬による防除が世界で最も難しいナミハダニや、果樹害虫のミカンハダニなどのハダニ類、農業害虫ではないが不快害虫の代表格であるタカラダニ類、クロヤマアリに捕食される可能性がある体長数ミリ程度の有害な昆虫種についても手広く調べたい。二択忌避試験の具体的方法は、害虫種ごとに試行錯誤を重ねることになるだろう。 ハダニがアリの足跡成分を嫌う上記成果については論文の受理に至っていないので、受理に向けて努力する。投稿準備中の原稿についても順次投稿したい。今年度に国内で開催される複数のオンライン学会にて研究成果を口頭発表する一方で、本学広報の記者発表によって研究成果を社会へ発信することにも努めたい。予算面では、今後もオンライン形式の学会開催が続けば、繰り越し額を旅費として使用することが難しいので、今年度以降オープンアクセス誌への投稿料に転用しようと考えている。また、昨年度に人工気象器のメンテナンス(コンプレッサー交換)費用の支出がなかったのは運が良かっただけである。研究遂行に不可欠な人工気象器は、今後も一定の確率で故障が予想されるため予算を確保して備える予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当初参加予定だった第29回日本ダニ学会大会と第9回欧州ダニ学会議(伊)がコロナ禍で中止になり、参加した第65回日本応用動物昆虫学会大会はオンライン開催だったため、当初見積もっていた出張旅費等を繰り越さざるを得なかった。今年度もオンライン形式の学会開催が続けば、繰り越し額を旅費として使用することが難しいので、研究成果をオープンアクセス誌へ投稿する際の投稿料に転用する予定である。 昨年度に人工気象器のメンテナンス(コンプレッサー交換)費用の支出がなかったのは運が良かっただけである。研究遂行に不可欠な人工気象器は、今後も一定の確率で故障が予想されるため一定の予算を確保して備える予定である。
|