研究課題
生物体表を介した空気や水の界面とのバランスのとれた関係は生存のために不可欠であり、それぞれのニッチの中で進化上ほぼ最適化されている。たとえば、水面上で生活しているアメンボは、疎水性の脚により水面に立ち、素早く水面を滑走することができる。また、水中生活をおくるゲンゴロウでは親水性の体表構造や疎水性の物理的鰓をもち、その特性に注目した研究がなされている。しかし、水面直下をニッチとする生物の研究は皆無であった。本研究では、水面直下にのみ生活域をもつ生物が、如何なるメカニズムにより水環境との関係を制御し、水面直下に棲息しているのかを解明する。生きた状態のまま電子顕微鏡で高分解能観察できる新技術 (NanoSuit法) により、マダラホソカ幼虫の体表にみられる疎水性―親水性のリング状複合構造を調べた。その結果、微細構造の形態的特性により異なる濡れ性が生じていることが明らかになった。またリング状複合構造により、幼虫が水面に下方から張り付く力は非常に強いことも明らかになった。個体の遊泳運動を高速度カメラ撮影により連続解析すると、複合構造が推進時の方向安定性に寄与していることが確認された。この疎水性の部位を親水性に変化させると、水面直下にからだを保持できなくなった。一方、親水性の部位を疎水性に変化させると遊泳能が阻害された。このような結果から、リング状複合構造では、疎水性の特性により水面に接着し、親水性の特性を利用して安定した線的遊泳を可能にしていることが明らかになった。さらに、疎水性と親水性をあわせもつという特性は、マダラホソカ幼虫以外の水生生物にもみられた。このような異なる濡れ性を巧みに利用することにより、水性生物は水環境に適応していることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
昨年度は、疎水性―親水性の特性に注視し、マダラホソカ幼虫以外の水生生物の特徴を網羅的に調べた。その結果、これまで体表の超疎水性を利用し水辺に生息していると考えられていた生物が、実は親水性の特性もあわせて用い環境に最適化していることが明らかになった。研究の進捗状況は、おおむね順調に進展している。
生きた状態のまま電子顕微鏡で高分解能観察できる新技術 (NanoSuit法) を中心に据え、生物が体表の疎水性―親水性の複合特性を利用し、どのようにして移動・捕食するのか、そのニッチにおける生存戦略に注目し構造解明に基づく機能を明らかにする。また、これまでに報告のある水生昆虫や、未報告の水生昆虫を「疎水性-親水性の組み合わせ」という視点で情報を集積し、生物に共通する特性を探索し、自然に回帰できるセルロースナノファイバーなどを材料として水接着を実現し、サステイナブル工学応用新素材開発につなげる。
研究の展開により、購入を予定していた試薬や消耗品を次年度以降に購入することになったため繰り越し金が生じた。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 3件、 招待講演 2件) 図書 (1件)
Microscopy
巻: 71(1) ページ: 1-12
10.1093/jmicro/dfu042
Communications Biology
巻: 4(1) ページ: -
10.1038/s42003-021-02228-5
Insects
巻: 12(9) ページ: -
10.3390/insects12090773