研究課題/領域番号 |
20K06077
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研究機関 | 玉川大学 |
研究代表者 |
佐々木 謙 玉川大学, 農学部, 教授 (40387353)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ドーパミン / 生体アミン / カースト / 社会性昆虫 / 脳 / 昆虫 / 行動 |
研究実績の概要 |
令和3年度では,セイヨウミツバチのワーカー蛹に異なる濃度のエクジステロイドを塗布し,羽化直後の脳内ドーパミン量に与える影響を調査した。予備実験ではエクジステロイド塗布による脳内ドーパミン量の増加が見られたが,本実験でさらに詳細な実験条件を設定して調査を進めたところ,エクジステロイドの濃度に依存した脳内ドーパミン量の増加が確認できなかった。塗布によるエクジステロイドの浸透が不十分である可能性を考え,注入実験も行ったが,明瞭な結果は得られなかった。 クロマルハナバチを用いた研究では,変態期に脳内ドーパミン量のカースト差が生じる過程を明らかにした。変態期にドーパミンが増加する過程はカースト間で類似しており,セイヨウミツバチのワーカーで見られる動態と類似していたが,セイヨウミツバチの女王で見られる動態とは大きく異なった。さらに,成虫期のカースト間の行動の違いとドーパミンの役割を調べるために,歩行活性,光に対する選好性,飛翔活性において,カースト差があることを明らかにし,これらの行動にドーパミンが関与することを薬剤投与実験により示した。このように,クロマルハナバチの羽化時に見られるドーパミン量のカースト差が,その後の女王の行動と関係することが示唆された。 さらにアシナガバチ類4種において,脳内ドーパミン量のカースト差を調査した。ハナバチ類と異なり,羽化直後の個体ではドーパミン前駆物質量が女王で多いものの,ドーパミン量はカースト間で同程度であった。また越冬後の創設女王の脳内ドーパミン量は羽化直後の個体よりも多く,ドーパミン前駆物質量は少なかったことから,アシナガバチ類では羽化直後以降に必要に応じてドーパミン合成を調節することが明らかになった。このようにアシナガバチ類では,女王におけるドーパミンの役割がハナバチ類とは一部異なると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
真社会性ハチ類における脳内ドーパミン量のカースト差とその機能的意味について,さらにはワーカーの産卵個体化におけるドーパミンの関与についても,現在までの研究成果をまとめ,学術論文として発表した(Sasaki et al., 2001)。さらにセイヨウミツバチの脳内ドーパミン量の制御機構について,カースト間や雌雄間の違いについて考察した論文も発表した(Watanabe and Sasaki, 2021; Sasaki and Watanabe, 2022)。 セイヨウミツバチを用いたエクジステロイド投与による脳内ドーパミン量への影響を調べた実験については,期待していた結果は得られなかったので,今後はカースト間で脳内の発現量が異なる遺伝子に着目し,脳内ドーパミン量のカースト差との関係について追求することを計画している。 クロマルハナバチの変態期における脳内ドーパミン量のカースト差に関する知見や羽化後の個体の行動とドーパミンとの関係については新たな知見が得られ,セイヨウミツバチとの比較が様々な観点からできるようになった。高次真社会性種であるセイヨウミツバチと低次真社会性種であるクロマルハナバチにおけるドーパミンの役割の比較は,この課題の中核であり,その比較に必要な知見が集まりつつあることから,課題はおおむね順調に進んでいると言える。 さらに令和3年度はアシナガバチ類を用いたカースト分化と生体アミンとの関係を論文として発表し(Yoshimura et al., 2021),アシナガバチ類の複数種におけるドーパミン関連物質の脳内量のカースト差の知見も得られ始めている。ハナバチ類とは独立に社会性を進化させたアシナガバチ類では,ドーパミンの使われ方も一部異なっていると予想される。 以上のように,真社会性ハチ類の種間比較から興味深い知見が多く得られており,今後のさらなる進展と成果が期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
セイヨウミツバチにおいて,変態期の女王の脳内ドーパミン量の急激な増加に関わる遺伝子ネットワークを探索する目的で,カースト間で脳内の発現量が異なる遺伝子に対してRNAiを施し,脳内ドーパミン量への影響を調べる。カースト間で発現量の異なる遺伝子に関しては,すでに報告されている知見を利用する。まずは蛹の脳へのsiRNAの注入により標的遺伝子の発現抑制がはたらくかどうかの予備実験から始める。 クロマルハナバチにおいて,変態期のドーパミン前駆物質およびドーパミンの脳内量の動態を明らかにしたので,ドーパミン受容体遺伝子やドーパミントランスポーター遺伝子,およびドーパミン合成酵素遺伝子の脳内での発現量に関しても調査を行い,セイヨウミツバチと比較できるようにする。さらにカースト間の行動の違いとドーパミンとの関係について,ワーカーへのドーパミン投与実験や女王へのドーパミン受容体阻害剤の投与実験を進めており,今後もデータを追加し,ドーパミンの役割を実験的に証明する。またマルハナバチのカースト分化には幼虫期の栄養摂取の違いが関係していると考えられることから,幼虫期の栄養摂取を操作し,羽化時の脳内ドーパミン量への影響を調査する予定である。今年度に行った予備実験では,幼虫期の栄養摂取を操作すると成虫の体サイズが変わり,脳内ドーパミン量にも影響する結果が得られている。この実験をさらに進め,幼虫期の栄養摂取が成虫期の脳内ドーパミン量に与える影響を証明する。 アシナガバチ類のカースト間において,脳内で発現量の異なる遺伝子を網羅的に調査し,カースト間の行動の違いと関係する遺伝子候補を探索する。すでに報告されているセイヨウミツバチやクロマルハナバチのカースト間で発現量の異なる遺伝子との比較により候補遺伝子をさらに絞り,生体アミン合成との関わりについて調査を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
2月~3月に予定していた実験が天候・季節により予定よりも遅くなり、ミツバチ群やDNA合成の発注が3月~4月になり、請求及び支払処理が翌年度に持ち越された。また、投稿を予定している論文の英文校閲依頼が年度を超えてしまい、これらが次年度使用額に含まれている。次年度使用額は上述の内容ですべて執行される予定であり、当初から予定している次年度の使用計画の内容に変更は生じない。
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