研究課題/領域番号 |
20K06087
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
中村 剛 北海道大学, 北方生物圏フィールド科学センター, 准教授 (70532927)
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研究分担者 |
福田 知子 三重大学, 教養教育院, 特任講師(教育担当) (10508633)
村井 良徳 独立行政法人国立科学博物館, 植物研究部, 研究主幹 (30581847)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 北海道 / 極東ロシア / 遺伝資源 / 遺伝的汚染の防止 / レクトタイプ指定 / 生息域外保全 |
研究実績の概要 |
北海道のヤチカンバ(環境省IB類)について,昨年度の研究(Shiotani et al. 2020)で固有種説を否定し東北アジア広域種と結論したことを受け,その保全価値を氷期遺存集団という点と日本の遺伝資源という点で再評価し,保全遺伝解析を行った.自生地の湿原では排水路の乾燥環境にヤチカンバの雑種個体が確認される.遺伝解析の結果,雑種片親は排水路に生育するシラカンバではなく,近隣には生育しないダケカンバと判明した.日中露サンプルに基づきヤチカンバの種特異遺伝マーカーを開発して雑種判別を行い,遺伝的汚染の防止を議論した(Shiotani et al., 2022). ユウバリクモマグサ(環境省IA類)は,シコタンソウ(本州,北海道,南千島,サハリン)とは別種で,北海道固有であることを我々は示したが(Tamura et al., 2018),その学名を担うホロタイプが所在不明であった.分類・保全の基礎である学名の不備を解決するため,主要標本庫を精査したがホロタイプは認められないことから,命名規約に従い原記載の図解をレクトタイプに指定した(Tamura et al., 2022). 周北極分布するシベリアイワブキとその2変種,チシマイワブキ(北海道.環境省IB類),タテヤマイワブキ(北アルプス.長野I類,富山II類)の系統関係を染色体・遺伝データから推定した(Fukuda et al., 査読中).チシマイワブキはサハリン・大陸ロシア系統と千島・アリューシャン系統の交雑で,また,タテヤマイワブキは千島・アリューシャン系統とクロクモソウ系統の交雑で生じた可能性が示された.両変種は保全上,区別すべきといえる. さらに,北海道,つまり国境域の絶滅危惧植物の保全における固有性,保全単位,国際協力の問題,生息域外保全の課題と将来ビジョンなどについて議論した(中村・田村, 2022).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,ビザなし交流・専門家交流事業による択捉島調査とDMZ自生植物園との共同による韓国北部(カンウォンド)非武装地帯(2021年7月)の調査を計画していた.しかし,本年度も新型コロナウイルス禍のため海外渡航が許されず,これらアクセス困難地域の国際共同調査を行うことはできなかった.一方で,採集を予定していた植物試料は海外研究機関のカウンターパートを通じて入手することができたほか,標本庫に収蔵されているさく葉標本をDNA試料と利用することで研究を進めた.国際共同調査のもう一つの重要な目的である東北アジア近隣国とのネットワーキングについては,試料の相互提供,論文共同執筆により推進するとともに,北大植物園とウラジオストク植物園の間で,保全研究推進のための覚書を締結した(2021-2023年度).海外調査の中止の一方で,北海道内・国内における北海道希少種の保全遺伝研究,保全の基礎となる分類研究,遺伝的な保全単位の検討については,実績概要に示した通り実施することが出来た. これらの成果については,日本植物分類学会大会(2022年3月),国立科学博物館公開講座(2020年9月)などで講演を行った.公表済み論文・査読中論文は以下の海外研究機関との連名によるものである:ウラジオストク植物園,シホテアリニ州自然生物圏保護区(以上,ロシア),中南林業科技大学,北京師範大学,莽山国家森林公園(中国),国立生物資源館,高麗大学(韓国),台湾師範大学(台湾).また,保全実践においては,環境省,北海道など行政との連携を進めた.
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今後の研究の推進方策 |
3年度目の東北アジアのアクセス困難地域の国際共同調査については,ビザなし交流の専門家交流事業による国後島と択捉島(2022年8月)を申請中である.しかし,本報告書作成時点で,ロシアとウクライナに係る国際情勢のため,専門家交流事業が実施できる可能性は低い.また,中国東北部の北朝鮮国境域(2022年7月)における日中共同調査を予定しているが,中国の複数都市で新型コロナウイルス禍のため都市封鎖が続いていることから,その実現見通しも不透明である.このような状況に対し,調査対象地域は各国の感染状況を見ながら柔軟に変更するとともに,海外研究機関のカウンターパートを通じて植物試料の入手をはかることで,本研究が目指す北海道-東北アジアの希少植物の協調的保全研究を推進する. また今年度は,国内に既存の東北アジア・アクセス困難地域のさく葉標本のデータベース化に着手する.さく葉標本は採集計画,識別形質の再検討,DNA試料などとして活用できることから,海外渡航が制限されるなかで東北アジアのアクセス困難地域の希少植物の保全研究推進に寄与すると期待される.とくに研究代表者が所属する北海道大学植物園の標本庫(SAPT)には,極東ロシアについて日本有数のさく葉標本を収蔵することから,これに優先的に取り組む. さらに,これまでに入手したDNA解析用の海外試料について,化学成分分析試料としても活用することで,限られた海外試料でより多くの知見を得られるよう試みる.化学成分の種内多型や地理的変異から保全単位の評価を行うことで,従来の中立遺伝子座の地理的遺伝構造に主に基づいた保全単位の評価に対し,新たな試みを行う.
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は,新型コロナウイルス禍で海外渡航が制限されたため海外現地調査を行うことができなかったことによる旅費の未使用である.本未使用額は,今後の各国の感染拡大状況を見ながら柔軟に調査対象国・地域を選定し海外調査旅費として使用する計画であるが,もし海外渡航が困難な場合には,本研究課題の成果を上げるために増強する国内調査旅費として利用する.
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