キリ(ニホンギリ)は日本の重要な特用林産物である。国内でみられるキリ属種にはキリのほか複数の種や系統があるといわれているが、その実体は不明である。本研究の目的は国内にみられるキリ属種の遺伝的変異を明らかにすることである。本研究では、岩手県、山形県、福島県、栃木県の林業試験研究機関や大学演習林などで、キリ属種の花と葉の試料を採集した。花冠内面の模様(蜜標)の有るものをキリ、無いものをチョウセンギリとした。また、森林総合研究所林木育種センターや大学附属植物園より中国産のキリ属分類群(ヒカリギリ、シナギリなど)を入手した。葉試料からDNAを抽出し、葉緑体DNAの2領域の塩基配列を決定して系統関係を推定するとともに、11の核マイクロサテライト(SSR)マーカーを用いて個体間の遺伝的関係を推定した。解析の結果、4つの葉緑体DNA型(ハプロタイプ)がみられ、これらは大きく2つの系統(中国系統と韓国系統)に分かれた。核SSR解析の結果、日本でみられるキリとチョウセンギリは1つのグループにまとまり、ヒカリギリやシナギリなどの外国産の分類群から明確に分かれた。キリとチョウセンギリは遺伝的に区別できなかったことからチョウセンギリはキリの種内変異であることが示唆された。チョウセンギリを含めたキリのグループは、中国系統と韓国系統の4つの葉緑体DNA型をもち遺伝的に多様であったことから、過去に異なる経路で日本に持ち込まれた可能性や、過去に中国産の分類群と雑種形成を介した葉緑体DNAの遺伝子浸透があった可能性が示唆された。以上から、日本でみられるキリ属種は、由来の異なる2つの遺伝的系統からなるキリ(チョウセンギリを含む)であったが、種や変種などの分類群間や系統間の交雑に由来する個体も存在することが示唆された。
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