(1)ブナの北進過程を明らかにするため分子マーカーを用いた祖先集団推定方法で奥尻島を調べた結果、北海道と東北のブナ集団の混合によって形成された結果となり、複数回の移住および遺伝子流動が起きたことが明らかになった。 奥尻島より17集団、北海道より16集団、東北地方より11集団の計44集団より1838個体のブナを採取し、母性遺伝する葉緑体DNAおよび両性遺伝する核DNAを用いて大規模な集団遺伝学的解析を行った。核DNAのデータから全個体を2つのクラスターに分けると、大きくは東北地方クラスターと北海道クラスターの地理的パターンがあり、特に奥尻島は両クラスターの混合パターンがみられた。さらに全個体を3つのクラスターにわけると、奥尻島を主とする新たなクラスターが検出された。これら遺伝構造を詳細に評価するために集団動態の歴史を推定したところ、奥尻島ブナ集団は、北海道集団と東北地方集団の混合により形成され、その後も北海道、東北地方のブナ集団からの遺伝的交流があったことが明らかになった。 (2)ブナの北進において、津軽海峡は地理的な障壁と考えられてきた。津軽海峡を挟むブナの天然林は、北海道の松前半島と亀田半島、青森県の津軽半島と下北半島の大きく4つの地域に分布している。松前半島より5集団、亀田半島より6集団、津軽半島より7集団、下北半島より3集団の計21集団より790個体のブナを採取し、母性遺伝する葉緑体DNAおよび両性遺伝する核DNAを用いて大規模な集団遺伝学的解析を行った。その結果、松前半島のブナ集団が遺伝的なクラスターを形成し、祖先系統に近い性質を示した。これはブナが単純に東北から北海道に北進しただけではなく、二次的に北海道から東北へ分布が南下した可能性が反映されていると考えられる。これにより、松前半島に潜在的逃避地があった可能性が示された。
|