本研究は,発展途上経済の農業生産について観察されてきた古典的な関係「逆相関」(作付規模が大きいほど農業生産性が低いという関係)を分析対象とし,経済発展に伴う生産要素(土地,労働,信用など)の市場発展に注目して,最新のデータと計量手法に基づき,バングラデシュとベトナムにおいて「逆相関」が観察されるか,いつこの関係が転換するか,どの市場の変化が重要かを検証することを目的としている。令和2年度は,ベトナムとバングラデシュの家計調査データの予備的分析を行い,バングラデシュのパネルデータについて米の単収に関する確率的生産フロンティアを推定した結果,逆相関は観察されなかった。令和3年度は,生産要素市場の不完全性の検証を行い,検証に用いる説明変数の選択によっては,ベトナムの経済発展初期について分離性(競争的な生産要素市場の妥当性)も観察されることがわかった。令和4年度は,米の単収を従属変数,作付面積と単位面積当り生産要素投入量(労働,農業資本,他の投入物)を説明変数とするコブ=ダグラス型生産関数を適切に推定し,作付規模と不完全市場の影響の関係を考察したが,頑健な推定結果が得られなかった。令和5年度は,これまでの結果を受けつつ,バングラデシュとベトナムにおける逆相関を市場発展との関係で検討するため,前者の2015年,後者の2016年のデータについて観察された,農地面積と米単収のU字関係に注目した。このU字関係は,バングラデシュで2ヘクタール付近,ベトナムで地域により4ヘクタール付近で転換点を示し,他の研究でも近年観察されている。この転換点は,理論的には自己雇用農業から雇用労働農業に変わるときに生じ,バングラデシュではベトナムより雇用労働が多く観察される事実と整合的である。今後の詳しい検証が必要だが,この結果は,労働市場の発展により農地面積と単収の逆相関は順相関に転換していくと推察される。
|