研究課題/領域番号 |
20K06309
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研究機関 | 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 |
研究代表者 |
吉本 周平 国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構, 農村工学研究部門, 主任研究員 (10435935)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 水資源 / 南西諸島 / 涵養年代推定 / カルスト水文学 / 水文地球化学 |
研究実績の概要 |
沖縄県糸満市に位置する塩水侵入阻止型地下ダムである米須地下ダムの貯留域を調査対象とした.降水時のパイプフローの発生やそれに伴う残留塩水塊の挙動を捉えるために,全深度で開口している2つの観測用ボーリング孔に自記水位計,自記電気伝導度計,および蛍光式自記溶存酸素計を設置した.また,パイプフローの経路を探索するために,複数の観測用ボーリング孔で採取された地下水の主要イオン濃度と硝酸イオンの窒素酸素安定同位体比を分析した.さらに,現地踏査によって,地下水シミュレーションモデルの初期的なパラメータや境界条件を検討する上で考慮すべき地形要素を調べた. 自記観測の結果から,貯留域の地下水位はまとまった降雨後に上昇し,止水壁沿いでは深部の電気伝導度も上昇したことが示された.一方,止水壁から約100 m上流の地点では,まとまった降雨の1~2日後に浅層の溶存酸素濃度が緩やかに上昇し,その後低下する現象が見られた.止水壁沿いの地下水の水質組成について,残留塩水に関係するナトリウムイオンと塩化物イオンを除く主要イオンの濃度とpHを変数とする階層的クラスタリング(Ward法)によれば,既知の洞窟流路の末端にある湧水と経路に近い地点の地下水が類似していると判定された.以上の結果から,パイプフローの影響を受けた地下水の存在とその影響圏が推定された.今後,六フッ化硫黄を用いた涵養年代推定によって地下水流動状況を検討するが,硝酸イオンの安定同位体分析の結果から脱窒の影響が示唆されなかったことから,涵養年代推定における過剰大気補正のために窒素が利用可能であると考えられた.現地踏査では,上流域に点在するドリーネには涸れ川である流入水路が存在し,まとまった降雨時には雨水がこの水路を通じて地下の洞窟網に流れ込んでいると推察された.このことから,モデル化においてはこのような速い浸透過程の考慮が不可欠であると考えられた.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は,当初の計画どおり,米須地下ダム貯留域に設置された自記計観測のデータを収集するとともに,地下水試料について複数項目の水質を測定し,これらの結果を取り纏めてパイプフローが与える地下水流動や物質輸送への影響の検討を開始した.本年度は,新型コロナ感染拡大の影響によって国内外の研究集会が中止や実施形態の変更となったとともに現地調査の日程も制約されたため,研究集会での成果の発表を見合わせ,研究結果を十分にとりまとめた後に翌年度以降に発表することとした。よって,新型コロナ感染拡大に伴って研究成果の発表を先送りにしたが,研究の進展については順調であると判断する.
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は,前年度に引き続き,米須地下ダム貯留域において地下水位,電気伝導度,溶存酸素濃度の自記観測,ならびに貯留域内の複数のボーリング孔から採水した試料の水質分析を実施する.水質項目として、主要イオン濃度から求められる石灰岩溶解に関する水質指標とともに、六フッ化硫黄濃度から推定される涵養年代をとりまとめ、これらの結果から浸透からの時間が短い地下水の時空間的な分布を把握する.また、残留塩水塊が地下ダム建設前のものであるかについて判断する.涵養年代については,地下水に溶存する希ガスなどの分析によってその妥当性を検討する。さらに,自記観測によって得られたデータから地下水シミュレーションモデルのパラメータを決定する.これらの検討結果をとりまとめて学会発表し,研究内容に対する意見や情報を収集する. 2022年度は本課題の最終年度であり,前年度から自記観測を継続するとともに,貯留域内の地下水の水質指標をとりまとめる.これらの結果から,地下ダム貯留域での地下水が流動性かあるいは滞留性かを判断し,パイプフローの経路を特定するとともに,貯留域内での地下水流動メカニズムを解明する.さらに,これらの結果を参照して地下水シミュレーションモデルを検証し,検証されたモデルを用いて将来的な気候変動や土地利用変化に伴う塩水塊分布の変化を予測し,地下ダム管理上の対策をとった場合の効果を評価する.本研究の結果は,国内外の学会発表および論文投稿によって公表する.
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は,新型コロナ感染拡大の影響により移動等が制限されたことから,出張を絞り込み一部のエフォートを文献調査等に充てたため,旅費の使用額が減じられた.一方,六フッ化硫黄を用いた涵養年代推定には希ガス分析による補正が必要であるが,パイプフローが発生するような洞窟を有する帯水層では曝気に伴う溶存希ガスの挙動を確認する必要性があることが文献調査から示唆された.このため,2021年度は,六フッ化硫黄とともに複数の希ガスについて濃度を分析する.よって,次年度使用額は,依頼分析の費用に充当することとする.
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