研究課題/領域番号 |
20K06381
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研究機関 | 東海大学 |
研究代表者 |
岡本 智伸 東海大学, 農学部, 教授 (70248607)
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研究分担者 |
樫村 敦 東海大学, 農学部, 講師 (10587992)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 半自然草原 / 斜面崩壊 / 植生遷移 / 野生動物 / 生態系エンジニア / 生物多様性 / 種子散布 / 自然災害 |
研究実績の概要 |
斜面崩壊した阿蘇地域の野草地において,植生が自然回復する遷移過程での生物および非生物的環境要因について定点調査を実施した。深度60 cm~80 cmの黒色土層内で崩壊した斜面(浅表層崩壊区)および深度150 cm~200 cmの黒色土層とその下層の褐色土層との境界付近で崩壊した斜面(深表層崩壊区)を調査区として設定した。両区間において,植物種組成,植物地下部現存量,哺乳類の出没頻度,土壌,光環境などについて比較調査した。 遷移度(DS)は浅表層崩壊区では深表層崩壊区よりも有意に高く推移し,崩壊後9年目には前者で156,後者で109に達した。植物の散布器官型組成においては,D1型(風・水散布型)は深表層崩壊区で多く,D4型(重力落下型)は浅表層崩壊区で多い傾向にあった。地下器官型組成においては,R1-3型(根茎連結体型)に両区で大きな差は無く, R4型(地表連結体型)では深表層崩壊区が高く推移し,R5型(単立型)では浅表層崩壊区が高く推移する傾向にあった。これら生活型組成についての主成分分析により,崩壊後年数の経過とともに,一年生草本で単立する種が優占する植生から,風・水散布型の多年草本の優占に移り変わり,その後徐々に木本が侵入する様相がうかがえた。 崩壊面に出没する哺乳類としては,シカ,イノシシ,ノウサギ,テン,キツネの5種が自動撮影法により確認された。これらの種の撮影頻度指数は崩壊後から経年的に高まる傾向が認められた。その内,撮影頻度指数が最も高い種がシカで,続いてノウサギ,イノシシの順であった。両区を比較した場合,浅表層崩壊区の方が野生動物の出没頻度が高い傾向にあった。試験区で採取したシカとノウサギの糞粒に含まれていた種子は,浅表層崩壊区で12科24種,深表層崩壊区で3科3種であった。これらの種子はほとんどが晩秋から冬季に排泄された糞に含まれていた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
阿蘇地域の野草地では,歴史的に豪雨などによる斜面崩壊に伴いパッチ状に植生が失われることが繰り返されており,これが草地植生の質や生物相の多様性に影響していることも考えられる。本研究では植生が自然回復していく遷移過程での,生態系機能群内の反応の多様性に着目する。 今年度は,試験地として崩壊土層深度の異なる斜面崩壊地を設定し,植物の生活型組成,植物地下器官の発達,土壌の理化学性,群落内の光環境,野生動物による種子散布などを継続調査した。研究2年目として設定した調査項目について,ほとんど遂行することができた。また調査項目相互の関連性についても解析に着手することができた。 以上の様に,今年度に計画した研究内容はほぼ遂行し,次年度の研究計画につなげることができたと判断した。また,成果の一部も学会にて口頭発表することができた。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は「①基盤項目」「②発展項目」「③統合項目」の3つから構成される。「①基盤項目」では,野草地植生の自然回復における定点での遷移の長期動態を解析し,「②発展項目」では,野生動物による物理環境の改変状況とそれに伴う生育植物の反応を解析する。 これら二つの研究項目において,植生の回復過程の把握とそこに影響する要因を明らかにすると同時に,野草地生態系における生物多様性の維持に対する斜面崩壊の位置付けを考究する。 「①基盤項目」においては,斜面崩壊時から連続して定点調査しているフィールドを利用し,植物生活型組成,植物地下器官の発達,土壌の理化学性,群落内の光環境,野生動物による種子散布などを継続的に調査する。そしてこれらの時空間的な蓄積データを用い,要因間の相互関係を多変量解析などにより解釈することで,植生遷移の動態を深く理解する。 一方で,斜面崩壊によるギャップ形成が多様な植物種に繁栄の機会を供与している可能性も考えられる。そこで「②発展項目」においては,この考えを基軸に,出没する野生動物による踏みつけや掘り返しから生じる土壌環境の改変,食草による群落内への光透過性の改変,植物種毎の採食圧などの空間分布を調査しデータを継続的に蓄積する。 最後に「③統合項目」として,これらが及ぼす植生回復や植物種組成への影響を空間軸と時間軸に従い統合的に解析する。最終的には,これらの知見を用いて,畜産資源として重要な野草地が被災後にどのようなプロセスで自然回復していくのかを解明し,低投入で持続的に資源供給が得られる野草地の適正な管理技術についての知見を得る。また,度重なる豪雨や今回の地震により被害を受けた阿蘇地域における野草地植生の回復動態を予測することにも応用する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度においては,これまでと同様の研究計画の継続に加え,3年間の研究を統合する計画も加わる。次年度の交付額は申請額よりも少ないため,研究計画の遂行のために不足すること予測された。このため,今年度の予算執行を熟考しながら進めると同時に,学会参加に計上していた出張経費がオンライン開催により削減できたため,これも合わせて次年度に使用できる予算を計画的に繰り越した。 次年度使用額は,研究遂行に必要な観測装置,試薬,器具,データ記録媒体などの消耗品購入などにおいて不足する金額に充当して使用する計画である。
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