研究課題/領域番号 |
20K06503
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
恒川 直樹 東京大学, 定量生命科学研究所, 特任研究員 (90638800)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 水素結合 / プロトン移動 / タンパク質 / 量子化学計算 / 密度汎関数法 / 大域的探索 |
研究実績の概要 |
本研究の目的はタンパク質分子内の水素結合ネットワークを確定する水素・プロトンの位置の決定であり、そのために、正確なエネルギー比較を網羅的に実行する。この決定方法では、最低エネルギーである水素結合ネットワークを形成する水素・プロトン位置が正解であるという仮定を基にしている。そのため、正確なエネルギー比較を必須としてきた。これまで、反応過程において大きく構造を変えるカルシウムポンプの各状態に対して解析を行ってきたが、反応過程における推測されるプロトンの移動と本研究での解析結果と辻褄が合わないことになった。そして、本手法の基盤としている仮定に不備があると考えるに至った。 本手法の正当性は、タンパク質分子内をプロトンが自由に移動できるという条件も成り立つ場合のみである。カルシウムポンプは反応過程中に構造を大きく変え、溶媒である水分子の出入りに伴って、プロトンも移動していると考えられる。構造をあまり変化させないタンパク質の場合でも、プロトンが移動できる通路があると思われる。一般に、タンパク質分子内を自由にプロトンが移動するとは考えにくい。よって、残念であるが、本手法は水素・プロトンの位置決定において決定的手法とはなりえないと判断に至った。最終決定には、構造変化におけるプロトンの移動についても考慮することが必須であったと言える。 本手法は単独で最終決定はできないが、水素・プロトン位置の候補を絞り込む(スクリーニング)としての利用価値はある。特に、多くの状態の解析をする上で、簡易に、かつ、迅速にスクリーニングができる機能は、本研究で追求してきた機能でもある。水素結合ネットワークのスクリーニングという観点で、本手法を開発してくことに至った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本手法では、網羅的に水素結合ネットワークを探索することと、正確なエネルギー比較の両立が必須である。しかし、当然ながら、すべてのネットワークについて最適な精度のエネルギー計算を実行することは非現実的である。よって、エネルギー精度を落としたエネルギー比較から始め、水素結合ネットワークのスクリーニングを行い、段階的に精度の高いエネルギー比較を実行していく。そして、系内のプロトンの数の決定には、各プロトンのアフィニティを算出して、判断を行った。最終的に、水素・プロトン以外の原子を含めたエネルギー精度の高い密度汎関数法での構造最適化を実行し、結晶構造との比較で、その水素結合ネットワークの正当性を確認してきた。しかし、カルシウムポンプの各状態における解析で、それでは不十分ということが分かった。 具体的な本手法が抱える問題点について述べると、E2状態のカルシウムポンプの膜領域イオン結合サイトにあるD800のカルボキシル基のプロトン化されているかの判断は、プロトンの水和エネルギーとそのアフィニティでの比較で判断することになるが、ほぼ同等のエネルギー値であり、判断し難い。また、重原子を含む最適化を実行しても、プロトン化している場合と脱プロトン化している場合との差異が見受けられない。この問題点は本手法の解析限界に位置しているものと思われる。かつ、この時の密度汎関数法における電子状態計算の収束が悪く、解析スピードを落とすことになった。水素・プロトン以外の原子位置による歪みが原因ではないかと推測している。 この様なことから、本手法の目的を、水素結合ネットワークの決定からスクリーニングに修正し、かつ、密度汎関数法をより安全に実行できるための、水素・プロトン以外の原子位置についての修正を含む実行戦略を決定する必要性が出てきた。
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今後の研究の推進方策 |
研究目的をある意味低く修正したため、目標達成可能性は高くなった。しかし、まだ課題は残る。 これまで、結晶構造解析から得られた原子位置は水素結合ネットワークに関わらない限り固定していた。つまり、量子化学計算を実行する上で、量子化学計算にとって不適切な歪みが無いことを想定していた。しかし、当然ではあるが、実際はそんなことはない。結晶構造解析で得られた構造を変えるわけには行かないが、量子化学計算に不都合な歪みを僅かながらでも緩和させることは可能である。解析初期の段階で、この緩和を実行することにした。その緩和方法を開発していく。 また、想定していたエネルギー精度を下げることも有効であると思われるので、量子化学計算の化学モデルのレベルだけでなく、水素結合ネットワークのエネルギー比較にあまり関与しないであろう疎水基や確定している水素結合の部位を無視することにより、計算スピードを高める解析手法を開発していく。
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次年度使用額が生じた理由 |
開発している手法の正当性に対しての見直しを行い、目標に若干の修正を行い、その結果、研究の進捗が遅れている。ただし、開発中の手法の有用性を高めるための課題はすでに認識しており、現在それに取り組んでいるところである。当年度に研究発表として論文投稿や研究会発表を予定していたが、時期早々と判断し、次年度に発表等を行う予定である。 また、初年度に購入したパーソナルコンピュータ(PC)の修理と計算能力の強化を行った為、物品費は予定額より高くなったが、旅費及びその他の予算から賄うような形となった。 次年度は、更なるPCの修理や増強に費用がかかる可能性もあるが、主に、研究発表関係に宛てる予定である。
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