研究課題/領域番号 |
20K06509
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研究機関 | 横浜市立大学 |
研究代表者 |
池上 貴久 横浜市立大学, 生命医科学研究科, 教授 (20283939)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | GPADH / 解糖系 / アロステリック効果 / ホモ多量体 / NMR |
研究実績の概要 |
酵素蛋白質の約半分は、同じサブユニットから構成されるホモ多量体である。その理由については、いろいろと挙げられてはいるが、もっとも説得のいくのは、リガンドや基質の結合に関して正か負の協同性を生み出し、その結果として一種のアロステリック効果を出すというものである。しかし、そのような協同性を持たないケースも見られる。筆者は、サブユニットの数を変化させることによって、機能を根本的に変えているケースもあるのではないかと考え、その好例として Moonlighting-protein として有名なホモ四量体である GAPDH を選んだ。 GAPDH は通常は解糖系酵素として機能している。しかし、細胞が老化し酸化ストレスにさらされると、アポトーシスを引き起こすなど、一見すると解糖系とは無関係な機能を生み出す。しかし、GAPDH が細胞内で 10% ほどを占めるというその量を考えると、細胞内で種々の蛋白質や核酸と無秩序に相互作用していたのでは、細胞としての生命活動が制御できなくなることは容易に想像できる。よって、酸化ストレスにより何らかの変化が GAPDH に起こり、それが引き金となって、他蛋白質や核酸と相互作用するように “変身する” と考えるのが妥当である。そこで、申請者はどのような ”立体構造的な” 変化が GAPDH に起こり、そしてその結果として、通常は相互作用しないような生体高分子と急に相互作用するようになるのかを、NMR などを使って解析している。 後述するように、解析の結果、GAPDH がある条件下で二量体に変化し、非常にフレキシブルな疎水性残基を露出させることを見い出した。この結果は、これらの残基は通常はサブユニット界面に隠れているが、細胞の老化や酸化ストレスによって、ホモ四量体が分裂し、他の生体高分子と相互作用するための “糊面” として露出することを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
GAPDH は補酵素として NAD を各サブユニットに一つずつ有する。この NAD が全て外れた apo 状態ではサブユニットが分裂して二量体や単量体が生じることが示唆されていた。しかし、筆者らが NMR を使って注意深く解析したところ、それが決定打ではないことが分かった。しかし、apo 体は非常に不安定で沈殿しやすく、また、分析ゲル濾過の結果では若干の二量体成分も認められた。筆者らは、そこに酸化が絡んでいるのではと見ている。つまり、実験結果に違いが生じる原因は、試料を扱う際にどれだけ酸化が進むかにあるのではないかと考えている。しかし、より興味深かったことは ATP が存在すると、二量体が生じる方へ平衡が大きくずれたことである。細胞内にはかなりの量の ATP が存在することから、実際の細胞内ではアポトーシスを引き起こすぐらいの量の GAPDH が生じている可能性が高い。また、NMR での解析の結果、二量体では非常にフレキシブルな疎水性残基が露出していることを見出した。これらの残基は通常はサブユニット界面に隠れているが、細胞の老化や酸化ストレスによって、ホモ四量体が分裂し、他の生体高分子と相互作用するための新たな界面となるのではないかと考えている。また、サブユニット界面に変異を入れて人工的に二量体に分裂させた GAPDH も解析したところ、NAD なし ATP ありで分裂したと考えられる GAPDH と非常によく似たスペクトルを示した。これは筆者の考察を支持している。
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今後の研究の推進方策 |
二量体に変化した GAPDH がどのような生体高分子と相互作用するのか?そして、実際に露出した界面が新たな相互作用部位となっているのかについて解析していく必要がある。そのためには、NMR スペクトルの変化を立体構造に還元するための帰属が必要になる。この GAPDH は 145 kDa という分子量であるため、従来の連鎖帰属法では歯が立たず、ひとつずつ変異を入れては重水中で培養した遺伝子組み換え大腸菌に発現させるという方法をとる。筆者はこれまでに Met, Ile の8割程度をこの方法で帰属した。今後は Leu, Val でサブユニット界面に近いものに集中しながら帰属を進めていき、他の生体高分子との相互作用部位を同定していく。 また、GAPDH は酸化ストレスのセンサーではないかと示唆されているが、筆者が実際に過酸化水素などを滴定した結果、センサーといえる程の敏感な構造変化を示さなかった。たいへん不思議に思っていたが、最近、生体内の重炭酸イオンと過酸化水素との反応が必要であることが発見された。これまでに炭酸水素緩衝液を実験に使った例はほとんど見られないことから、この発見は我々が研究を推進していく上で非常に重要なものとなるだろう。 また、変異二量体は厳密には3種類ある。筆者らはこれまで O/P サブユニットしか作成していない。他の二種類は非常に不安定であることが予想されるが、安定化剤などを工夫しながら挑戦し、サブユニット分裂が実際にどの界面で起きているのかを同定する。
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次年度使用額が生じた理由 |
消耗品として筆者は NMR 解析に必要な [13C]-glucose, [15N]-塩化アンモニウム, 重水, その他, 重水素化アミノ酸を計上していた。しかし、コロナの影響のためか、これらの価格が1-2年前の5倍程度に跳ね上がり、さらに発注してから納期が半年以上かかるという事態となった。そこで研究方法の一部を変更せざるを得なくなった。当初は重水素化試料を調製する予定であったが、現在はこれを軽水素化試料で済ませ、その分、濃度を上げることで対応している。しかし、その軽水素化試料でも予定をはるかに超える費用となるため、サンプルの調製時には、非標識試料で何度もシミュレーションしてから慎重に安定同位体標識に移るようにしている。これにより、当初の研究計画を達成することを目指す。
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