研究課題/領域番号 |
20K06557
|
研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
木股 洋子 山口大学, 大学院創成科学研究科, 准教授 (60255429)
|
研究分担者 |
齊藤 貴士 北海道科学大学, 薬学部, 准教授 (00432914)
小崎 紳一 山口大学, 大学院創成科学研究科, 教授 (40280581)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
|
キーワード | マラリア原虫 / 薬剤耐性 / アルテミシニン / フェレドキシン |
研究実績の概要 |
本研究は、マラリア原虫の特効薬であるアルテミシニンへの耐性の拡大を阻止することを目的とし、この耐性と強く関連する電子伝達タンパク質フェレドキシン(Fd)の変異(Asp97Tyr)が薬剤耐性をもたらす機序を明らかにすることを目指すものである。令和2年度は、マラリア原虫のAsp97Tyr変異Fdタンパク質を調製して以下のような成果を得た。 1)マラリア原虫の還元力供給系においてFdと特異的な複合体を形成して機能するFd-NADPH酸化酵素(FNR)との電子伝達活性測定および、トリプトファン蛍光解析による結合定数の解析から、Asp97Tyr変異によりFNRとの親和性が強まる一方、最大電子伝達活性は低下する。 2)Asp97Tyr Fd変異タンパク質の熱安定性は野生型と大差はなく、タンパク質の安定性の変化が薬剤耐性の理由ではないと考えられた。 3)FNR表面の芳香族アミノ酸残基を置換した変異体と、Fdとの電子伝達反応の解析から、FNR-Fd間の芳香族残基間相互作用の重要性が考えられ、Asp97Tyr変異によりFNRとの芳香族残基間相互作用が増強し、親和性が高まると考えられた。 4)FNRの触媒活性はFdにより阻害され、Asp97Tyr変異体では野生型より阻害が強い。5)Fdから電子を受け取る酵素反応(亜硝酸還元酵素)や、アスコルビン酸ラジカル消去活性は、Asp97Tyr Fd変異体は野生型Fdと比べて低い。 以上のことから、FdのAsp97Tyr変異によるFNRとの親和性の上昇が、アピコプラストの還元力供給系やその下流代謝に影響し、薬剤への耐性をもたらすことが考えられた。これらの成果を学会発表して2つの論文にまとめ、そのうち一つは受理・発表され、もう1つは投稿準備中である。また、マラリア原虫のFd下流酵素(IspG)の全合成遺伝子を委託により作成し、現在、大腸菌での発現系を構築している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和2年度では、①マラリア原虫フェレドキシン(Fd) のAsp97の変異によるタンパク質の機能変化の解析と、②マラリア原虫Fdが電子を供与する反応やFd依存代謝酵素の解明に着手することを計画した。 ①について計画していた、1)マラリア原虫Fd Asp97のTyr(及び比較の為Pheなど)への部位特異的変異体の作成、2)マラリア原虫の還元力供給系を成すNADPH/Fd-NADPH酸化酵素(FNR)/Fdの再構成系での電子伝達活性測定による、Fd変異がこの系にもたらす影響の解析、3)変異によるタンパク質化学的な変化を調べるために、吸収スペクトル、タンパク質及び鉄硫黄クラスターの安定性の野生型との比較、酸化還元電位の測定、について、3)における酸化還元電位測定以外は実施し、実績の概要で述べたような成果を得た。 ②について、1)マラリア原虫Fd依存酵素の候補(ヘム合成系のheme oxygenase、イソプレノイド合成系のIspG, IspHと脂肪酸合成系のstearoyl-CoA 9-desaturase)を、既に得ている遺伝子配列情報を基に調製し、2)Fd依存酵素としての検証や酵素機能解析に着手することを計画していた。このうち、実績の概要で述べたように、IspG遺伝子の発現系の構築を行なっているが、IspGタンパク質の有意な発現が見られないため、現在、条件検討を行っている。また、②については、次年度以降に計画していたラジカル消去活性(植物Fdで見られるモノデヒドロアスコルビン酸還元活性)へのFd変異の影響の解析を行い、実績の概要で述べたような成果を得た。
|
今後の研究の推進方策 |
令和2年度での研究から、FdのAsp97Tyr変異がアルテミシン耐性をもたらす仕組みとして、この変異によるFNRとの親和性の上昇が、アピコプラストの還元力供給系やその下流代謝に影響し、薬剤への耐性をもたらすことが考えられた。また、FNRによるアルテミシニンのラジカル化を変異Fdが抑制することも考えられた。したがって、この研究の計画の3つ目である、③Fdの変異がFd依存反応にどのような影響を及ぼしてアルテミシニン耐性に繋がるのかの課題に対し、Fd変異体の精密な機能解析を以下のように行う。具体的には、②のマラリア原虫のFd依存代謝酵素の調製と機能解析を進めるとともに、FNRおよび得られたFd依存酵素との電子伝達活性、アルテミシニンによる酵素反応阻害活性、ラジカル発生あるいは消去活性へのFd変異の影響を定量的に解析する。Fd依存酵素については、NADPH/FNR系からの反応速度論的解析や、必要に応じて時間分解の高速反応速度解析(stopped flow)、Fdとのタンパク質間相互作用解析(ITC、SPR、NMR, Trp蛍光解析)、アルテミシニンとの反応性等を詳細に解析する。ラジカル発生および消去能解析では必要に応じてESRによるラジカル検出も行う。マラリア原虫のFd依存酵素(IspGタンパク質など)の調整が難しい場合は、他の生物由来の異種Fd依存酵素との解析で代用することも検討する。これらの実験結果を総括して、マラリア原虫Fdの変異によりアルテミシニン耐性がもたらされる仕組みの詳細を提唱し、細胞レベル、臨床レベルでの検証に繋げる。
|
次年度使用額が生じた理由 |
マラリア原虫のFdから電子を受け取る下流酵素の候補の調製において、はじめに行ったIspG酵素の発現系では有意なタンパク質発現が得られていないため、発現系や条件の検討を行い、進捗が見られてから他の候補タンパク質の発現系を検討することにした。従って、それらのDNAを全合成し、発現系を構築する費用を次年度に繰り越すことにした。また、コロナ禍で学会など情報収集や発表の機会が限られたため、令和2年度で得られた成果の発表のための旅費や論文掲載料を次年度で使用する予定である。
|