研究課題/領域番号 |
20K06590
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
木下 祥尚 九州大学, 理学研究院, 助教 (40529517)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 脂質ラフト / 局所麻酔薬 / 蛍光共鳴エネルギー移動 / 蛍光相関分光法 / 神経芽腫細胞 |
研究実績の概要 |
細胞膜に存在する脂質ラフトはスフィンゴ脂質が凝集することで形成される秩序的膜領域である。このラフトにはイオンチャネルをはじめとする様々なタンパク質が局在し、そこで機能を発現することが報告されてきた。また近年では、脂質ラフトが局所麻酔薬のターゲットになることが示唆されている。実際、申請者らはラフト様秩序相と周囲の流動相が相分離したモデル膜に代表的局所麻酔薬であるジブカインやテトラカインを作用させたところラフト様秩序相が乱され、その結果、相分離が解消することを報告している[Kinoshita et al., 2019. Biopchim. Biophys. Acta -Gen. Subj. 1863 (9) 1381-1389]。一方、実際の細胞膜に形成される脂質ラフトは通常の光学顕微鏡では観察できないほどに小さく、かつ、動的な性質ゆえ、解析困難な研究対象であり、生体膜系でも同様の結果が得られるかどうかについては分かっていない。 本研究では我々が独自に開発したスフィンゴ脂質の分布や挙動を高精度で反映する蛍光プローブを用いることで、脂質ラフトを標識する[Kinoshita et al., 2017. J. Cell Biol. 216 (4) 1183-1204]。この試料に対して、蛍光共鳴エネルギー移動や蛍光相関分光法などの分光技術を適用することで、局所麻酔薬が実際の細胞膜に存在する脂質ラフトに及ぼす影響を調査する。 これにより「局所麻酔薬は脂質ラフトの構造に影響を与えることで、そこに局在するイオンチャネルの活性を阻害する」という、局所麻酔薬の新たな作用機序を提唱する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では代表的局所麻酔薬であるテトラカイン(Tet)やリドカイン(Lid)、ブピバカイン(Bup)をマウス神経芽細胞腫(Neuro-2a)細胞に作用させることで、脂質ラフトの構造変化を調査した。 まず、局所麻酔薬が脂質ラフトのサイズ変化に及ぼす影響を調査するため、蛍光スフィンゴ脂質(neg-SM)でラフトを標識したのち、その拡散係数を測定した。その結果、局所麻酔薬を作用させた細胞ではラフトの拡散係数が有意に増加することが分かった。拡散係数は構造体のサイズと負に相関するため、この結果は局所麻酔薬が脂質ラフトのサイズを減少させることを示唆している。興味深いことに、少なくともLid存在下で生じる拡散係数の増加は可逆的であり、細胞を緩衝液で洗浄することでLidを除去したところ、拡散係数が低下してもとの値に戻ることも確認している。さらに、脂質ラフトに取り込まれない蛍光脂質プローブ(neg-DOPC)の拡散係数を測定したところ、麻酔薬添加前後で拡散係数に有意な変化が見られなかった。この結果は、麻酔薬が脂質ラフトに対して選択的に作用するという脂質ラフト仮説を支持している。 次に、二色のneg-SMsを導入した細胞にFRET測定を適用することでスフィンゴ脂質の凝集状態を評価したところ、局所麻酔薬添加によりFRET効率が増加することが分かった。この結果はラフト内に含まれるスフィンゴ脂質濃度が増加することを示している。
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今後の研究の推進方策 |
今後は以下の2点に着目して研究を進める。 (1)局所麻酔薬がコレステロール(chol)の分布に与える影響:なぜ、局所麻酔薬添加により脂質ラフト内部でSMの凝集が促進するのか?以前より、脂質ラフトにはスフィンゴ脂質とともにcholが豊富に局在することが報告されている。申請者はラフトからcholが抽出されることで局所的なSM濃度が増加するのではないかと考えた。これを確認するため、コレステロールに結合するタンパク質D4タンパク質とneg-SMの間に生じるFRET効率の変化を基に、局所麻酔薬がcholを抽出することを確認する。 (2) 脂質ラフト阻害とイオンチャネルが不活性化の相関: ここでは、シクロデキストリンを用いてcholを膜から抽出したときに、イオンチャネルの活性が低下することをパッチクランプ法で確認する。
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次年度使用額が生じた理由 |
本年度はCOVID-19の影響で各種測定装置使用時間(利用料金)が予定より少なかった。この実験は来年度行うため、その経費に充当する。
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