研究課題/領域番号 |
20K06619
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
桜井 博 金沢大学, 保健学系, 教授 (00225848)
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研究分担者 |
荒磯 裕平 金沢大学, 保健学系, 助教 (20753726)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | Rbがん抑制遺伝子 / E2F転写調節因子 / IER2タンパク / Protein phosphatase 2A / 細胞周期 |
研究実績の概要 |
主要なシグナル伝達ツールであるタンパク質のリン酸化はプロテインキナーゼとプロテインホスファターゼにより制御される。細胞周期の進行を制御するCyclin-CDK、がん抑制タンパクRb、転写調節因子E2Fの活性もリン酸化/脱リン酸化により調節されている。一方、細胞内の主要なSer/ThrホスファターゼであるPP2Aは、さまざまな機能に関与する300種以上のリン酸化タンパク質の脱リン酸化を触媒する。PP2Aのアダプタータンパクは、PP2Aと標的リン酸化タンパクの両方に結合し、PP2Aによる脱リン酸化を制御する。 令和3年度は、PP2AのアダプタータンパクであるIER(immediate early response)ファミリーの機能について注目した。IERファミリー (IER2,IER5,IER5L) はN末端約50アミノ酸に高い相同性を持ち、この領域でPP2AのB55調節サブユニットに結合する。さらに、細胞周期制御タンパクのCDC25AやCDC25BなどのPP2A標的タンパクに結合し、PP2Aによる脱リン酸化を促進する。本研究では、IER2ノックダウンおよび過剰発現細胞、RT-qPCR法、western blot法、共免疫沈降やin vitro結合実験、in vitro脱リン酸化実験、クロマチン免疫沈降法、フローサイトメトリーを用いて、IER2-PP2AによるRb-E2Fの活性調節について解析した。その結果、IER2はPP2AによるRbの脱リン酸化を促進し、これによりE2F転写調節因子の活性が抑制され、細胞周期の進行を調節するCyclin D1やp21の発現が抑制された。Rb-E2Fは細胞の運動性に関与する遺伝子の発現も調節するが、これらの発現はIER2により抑制されなかった。これらの結果は、プロテインホスファターゼが細胞周期の調節に深く関与することを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、「さまざまなアダプタータンパクによりPP2A活性がどのように調節され、それによりリン酸化カスケードによるシグナル伝達がどのように調節されるか」について解析することにより、最終的に「細胞増殖や腫瘍形成がどのように制御されるか」について考察する。 令和3年度は、アダプタータンパクIER2がRbとどのように相互作用するか、それにより細胞増殖に関与する遺伝子群の発現および細胞周期がどのように変動するかについて検討した。Rbに結合したIER2は、PP2AによるRbのリン酸化Thr821とThr826の脱リン酸化を促進することを示した。遺伝子発現の調節について検討した結果、PP2A-IER2によりThr821/Thr826が脱リン酸化されたRbは、E2F1によるCyclin D1やp21の発現を抑制することが明らかになった。さらにフローサイトメトリーの結果、IER2はG1期の進行を制御することが示された。一方、Rb-E2Fは細胞の運動性に関与する遺伝子の発現も調節する。Rbはこれらの遺伝子の発現を阻害し細胞の運動性を抑制したが、PP2A-IER2によりThr821/Thr826が脱リン酸化されたRbは遺伝子発現および細胞の運動性に影響を与えなかった。したがって、Thr821/Thr826のリン酸化はRbの遺伝子特異的な作用に関与すると考えられる。これらの結果より、IER2-PP2A→Rb-E2F1→Cyclin D1・p21というカスケードが示され、研究目的である「アダプタータンパクによりPP2A活性がどのように調節され、それによりリン酸化カスケードによるシグナル伝達がどのように調節されるか」の一端が明らかになった。これらの研究結果をまとめ、論文を投稿した。 このように、本研究テーマは、おおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
PP2AのアダプタータンパクとしてIER2以外にも、IER5,IER5L,SERTAD1,CDCA4などを同定している。一方、Rbファミリータンパク(Rb,p107,p130)により機能が阻害される転写調節因子E2Fもリン酸化タンパクである。そこで、これらのアダプタータンパクもIER2と同様にRbファミリーの脱リン酸化に関与するか、さらにE2Fのリン酸化状態にも影響を与えるかについて検討する。具体的には、おのおののノックダウンおよび過剰発現細胞を作製し、抗リン酸化抗体を用いたwestern blot法によるRbファミリーおよびE2Fのリン酸化状態の解析、クロマチン免疫沈降によるRb-E2FのDNA結合能力の変動、ルシフェラーゼアッセイやRT-qPCR法による細胞周期および細胞運動関連遺伝子の発現調節、フローサイトメトリー解析による細胞周期の制御について検討する。これらの研究結果により、異なるアダプタータンパクによりRbファミリーやE2Fのリン酸化および転写活性化能力、さらに標的遺伝子の発現がどのように変動し、細胞周期および細胞運動がどのように調節されるかについて検討するとともに、「細胞増殖や腫瘍形成がどのように制御されるか」について考察する。 一方、これらのアダプタータンパクはN末端の相同領域を介してPP2AのB55調節サブユニットに結合する。PP2Aおよび標的タンパク質との相互作用について理解するため、大腸菌発現系で合成したアダプタータンパクの構造解析を計画したが、ほとんどのタンパク質が沈殿してしまい解析には至っていない。そこでPP2Aとの共発現により可溶化したPP2A-アダプターの精製および構造解析を試みる。これによりPP2Aがアダプターを選択的に認識し、基質タンパク質を脱リン酸化活性中心へリクルートする機構を考察する。
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