研究課題/領域番号 |
20K06643
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
宮田 暖 九州大学, 理学研究院, 助教 (10529093)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ホスファチジルエタノールアミン / ホスファチジルセリン / ミトコンドリア / 静止期細胞 / エネルギー代謝 / AMPK / Acc1 / Pyc1 |
研究実績の概要 |
本研究では、ミトコンドリアにおけるホスファチジルエタノールアミン(PE)の合成制御機構とその生理的意義の解明を目的としている。2020年度までに、PEの前駆体であるホスファチジルセリン(PS)のミトコンドリア内輸送体Ups2の欠損によるミトコンドリアPEの合成低下が、出芽酵母において細胞内エネルギーセンサーであるAMPK/Snf1の過剰活性化を引き起こし、これに起因してグルコース枯渇時における酵母の静止期細胞への分化が促進されることを見出している。また、Rb1欠損性乳がん細胞において、Ups2のヒトホモログPRELID3bを同時に発現抑制すると、生育低下を引き起こすことを見出した。 2021年度は、Ups2欠損酵母におけるAMPK/Snf1の過剰活性化が、グルコース枯渇時にミトコンドリア呼吸によるATP産生を促進させることを発見した。これらの事から、ミトコンドリアにおいて合成されるPEには、AMPK/Snf1の過度な活性化を抑制し、酵母の静止期細胞への分化、ミトコンドリアエネルギー代謝の制御において重大な影響を持つことが明らかになった。さらに、AMPK/Snf1によって制御される因子のうち、アセチル-CoAカルボキシラーぜ、Acc1の発現抑制が静止期細胞分化を、ピルビン酸カルボキシラーぜPyc1の発現上昇がミトコンドリア呼吸によるATP産生をそれぞれ促進させることを見出した。 また、哺乳動物細胞におけるPS合成制御機構の解明を目的とし、小胞体に局在する膜タンパク質であるPS合成酵素、PSS1の膜配向性の解析を行った。結果、Lenz-Majewski症候群の原因となる変異部位を含む、PSS1のPS量に応じた活性制御に重要なアミノ酸が、全てサイトソル側に配向していることを見出した。この事からPSS1はサイトソル側においてPSを認識し、活性を制御しているのではないかと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究を通じ、これまでに代表者はUps2欠損によるミトコンドリアPE合成の低下がグルコース枯渇時の出芽酵母において細胞内エネルギーセンサーであるAMPK/Snf1の活性制御に関与していることを見出している。また、グルコース枯渇時の酵母において、AMPK/Snf1の活性化は、アセチル-CoA カルボキシラーぜを抑制をすることで静止期細胞分化を、ピルビン酸カルボキシラーぜの発現を増加させることでミトコンドリアにおけるATP産生をそれぞれ促進させることを見出した。これらの知見は、細胞が栄養環境の変化に応じてどのように細胞運命とエネルギー代謝を制御しているかという、細胞生物学における重要な課題の解明に大きく貢献するものである。 また、Ups2ホモログであるPRELID3bの発現抑制がRb1欠損性ヒト乳がん細胞の生育を抑制することを見出しており、PRELID3bは新規抗がん剤開発の標的として期待される。 さらに、哺乳動物細胞においてPS合成酵素PSS1の膜配向性を解析し、PSS1のPS量に応じた活性制御に必要なアミノ酸がすべてサイトゾル側に配向していることを明らかにした。この事からPSS1はサイトソル側においてPSを認識し、その活性を制御している事が示唆された。このようなPSS1の活性制御機構の異常は、先天性の骨形成疾患であるLenz-Majewski症候群に関連する事が知られており、本研究で得た知見は哺乳動物細胞におけるPS合成制御機構の解明だけでなく、Lenz-Majewski症候群発症機序解明、治療法開発に貢献するものと期待される。 これらの研究成果より、本研究は、ここまでおおむね順調に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究成果から、PEがAMPK/Snf1の活性制御に関わること、ミトコンドリア内PS輸送体Ups2のヒトホモログ、PRELID3bの阻害ががRb1欠損性の乳がん細胞の生育を抑制する事を見出している。 これらの知見を受け、今後の研究では、 (1)PEによるAMPK/Snf1の活性制御機構の解明 (2)新規抗がん剤hへの応用を目指したUps2/PRELID3b阻害剤の開発、を遂行する。 (1)では、精製したAMPK/Snf1タンパク質とPEを試験管内で作用させ、AMPK/Snf1とPEとの結合および、PEがAMPK/Snf1の活性と立体構造におよぼす影響を解析する。(2)では、まず出芽酵母を用いたUps2阻害剤のスクリーニング系の構築を試みる。以前の研究から、出芽酵母においてホスファチジン酸(PA)のミトコンドリア内輸送体Ups1の欠損は酵母の生育を低下させるが、Ups2と二重欠損すると酵母の生育が回復する事が知られている。この知見を利用し、Ups1欠損酵母の生育を回復させるような化合物を化合物ライブラリーからスクリーニングすることで、Ups2特異的な阻害剤を同定する事ができると期待される。Ups2の立体構造は、種間で高度に保存されており、ヒトPRELID3bは、酵母に発現させるとUps2の機能を代替可能である事から、出芽酵母を用いたスクリーニングによって同定したUps2阻害剤は、PRELID3bの機能も阻害できる可能性が高いと考えられる。Ups2/PRELID3bの阻害剤が同定されれば、乳がん細胞に対する生育阻害作用を評価し、抗がん剤として適用可能かを検討する。これらの研究により、細胞内エネルギーセンサーAMPK/Snf1の新規制御機構を明らかにし、さらに新規抗がん剤の開発につながる成果が期待される。
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次年度使用額が生じた理由 |
現在、研究成果を論文投稿中であり、繰り越した助成金は、この論文の学術誌への掲載費用として計画していた。しかしながらリバイス版を投稿した後、その査読中に当該年度を終えてしまったので、この費用は次年度へと繰り越すことになった。 繰越金と次年度分の助成金を合わせたものを、論文掲載費および、継続中の研究遂行費に充てる予定である。特に、化合物ライブラリーのハイスループットスクリーニングを計画しており、助成金の一部をこのための施設利用費等に充てる。
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