研究課題/領域番号 |
20K06653
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
瓜生 耕一郎 金沢大学, 生命理工学系, 助教 (90726241)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 体節形成 / 同期 / 位相振動子 / 細胞移動 / 数理モデル / 数理生物学 |
研究実績の概要 |
今年度は、2020年度に導出した移動する振動子の統計記述手法を、脊椎動物の分節時計に適用し、組織の前後軸に沿った細胞移動速度の空間勾配が、分節時計遺伝子発現の波に及ぼす影響を数理的に解析した。未分節中胚葉組織では、細胞移動速度の空間勾配に加え、遺伝子発現リズム周期が組織の前側に行くほど長くなる。そのため、組織の前後軸に沿って位相の波が形成される。この位相波が組織前方に到達すると、新たな体節境界が形成される。そのため、この波の精確性は、正常な体節を作る上で重要である。一方、組織では細胞移動が観察される。細胞が動き隣接細胞を入れ替えることで、細胞間での遺伝子発現のばらつきが大きくなると考えられてきたが、その影響は不明であった。そこで、数理モデルに細胞移動速度勾配とリズム周期勾配を導入して、細胞が移動する場合の遺伝子発現リズムの分散を計算した。 仮に組織中で細胞が一様に動くとした場合、体節が形成される組織前方で遺伝子発現リズム位相の分散が大きくなることを、分散の時間変化を記述する偏微分方程式を解くことで明らかにした。これは、組織前側に行くほど、遺伝子発現パターンの波長が短くなり、細胞移動による入れ替えの影響を受けやすくなるからである。実際の脊椎動物で観察される前後軸に沿った移動速度の勾配があると、波長の短い組織前方では細胞が動かないため、遺伝子発現の分散は小さく抑えられることを理論的に示すことができた。一方、組織後方では、遺伝子発現パターンの波長が長いため、細胞移動によって生じる分散は小さく抑えられる。そして、リズム位相の平均的な振る舞いを記述する方程式を使うことで、組織後方での細胞移動は同期を促進することを解析的に示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
未分節中胚葉組織における細胞移動の効果を調べるための、基盤となる方程式を導出することができた。また、上記のように、組織の前後軸に沿った細胞移動の影響の違いを解析的に計算することができた。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度の結果をふまえ、次の課題に取り組んでいく。 (1) 遺伝子発現のノイズを考慮し、細胞移動以外に起因する分節時計遺伝子発現のゆらぎの評価を行えるようにモデルを拡張する。(2) 遺伝子発現リズムの振幅と位相の両方を、統計記述する手法の開発に取り組む。それにより組織の前後軸に沿った振幅勾配の影響についても解析を行う。(3) 細胞間相互作用にはシグナル伝達のための時間がかかる。シグナル伝達に時間遅れがある場合を取り扱えるようにモデルを拡張し、統計記述を導出する。(4) 未分節中胚葉組織後方では、分節時計遺伝子レポーターのシグナル強度が低く、遺伝子発現パターンを実験的に定量化するのが困難である。一方、組織前方でのシグナル強度は高い。そこで、導出した位相方程式を組織前方のデータに同化させ、組織後方での遺伝子発現パターンをモデルから予測する手法の開発に取り組む。その手法を使い、Delta-Notchシグナルを一過的に阻害した時に起きる分節時計の再同期過程を、実験データに基づいたシミュレーションにより再構成し、細胞移動の影響を明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
COVID-19の影響により、当初予定していた海外の共同研究者のラボでの滞在費や国際学会参加費、および国内学会参加費がなくなったため次年度使用額が生じた。使用計画としては、今年度に国際紙投稿を予定している論文の論文掲載費や、ワークステーションの増築に使用する予定である。
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