研究課題
中枢神経系の発生過程において、多分化能を持つ神経幹細胞からニューロンやグリア細胞が順次生み出され、複雑な脳組織が構築されていく。このような神経幹細胞の細胞増殖・分化過程で、分化運命決定を制御する遺伝子群が振動発現などのダイナミックな発現動態を示すことが明らかになってきており、それらが細胞増殖や分化の正確さやタイミングを制御する重要な役割を担っていることが示唆されている。しかしながら、個々の遺伝子が示すダイナミックな発現変動パターンやその機能的意義は未だ不明な点が多い。本研究課題では、我々が開発した光作動性Tetシステム(PA-Tetシステム)を用いて、培養神経幹細胞において分化運命決定因子であるbHLH 型転写因子Ascl1のダイナミックな発現パターンを光操作により人工的に創出し、神経幹細胞の増殖およびニューロン分化過程におけるAscl1下流遺伝子の探索、および、その機能解析等を予定している。改良したPA-Tet-ON 2.0システムを搭載したレンチウイルスベクターを用いて、Ascl1-floxedマウス由来の培養神経幹細胞にPA-Tet-ON 2.0システムを導入し、セルソーター等を用いて、光操作によってAscl1発現を制御可能な細胞のクローン化に成功した。このクローン細胞を用いることによって、Ascl1の遺伝子発現制御をこれまでよりも厳密に実施することが可能となった。3時間周期の光照射によりAscl1振動発現を誘導すると神経幹細胞の増殖が促進され、30分周期の光照射によりAscl1蓄積発現を誘導するとニューロン分化が促進された。このようにして、光操作によりAscl1振動発現あるいは蓄積発現を誘導した細胞を用いて、RNAシークエンスやsingle cell RNAシークエンス解析を実施した。これらの結果を用いて、Ascl1下流遺伝子の同定やネットワーク解析を実施中である。
1: 当初の計画以上に進展している
改良した光作動性Tetシステム(PA-Tet 2.0)を搭載したレンチウイルスベクターを用いて、培養神経幹細胞へPA-Tet 2.0システムを導入し、bHLH型転写因子Ascl1の遺伝子発現制御をこれまでよりも厳密に実施可能な細胞のクローン化に成功した。PA-Tet-ON 2.0システムを使用したため、ドキシサイクリンを加えるまでは明所にて培養可能であるため、RNAシークエンスやsingle cell RNAシークエンス解析に使用する細胞の準備を一度に大量に行うことが可能となった。さらに、改良したPA-Tet-ON 2.0システムは従来のPA-Tetシステムよりも高い転写活性を示すため、長期的な分化誘導実験等に適している。そのため、光操作した神経幹細胞のRNAシークエンス解析について当初の予定よりも進展が見られた。また、NGS解析を実施するための解析ツールのセットアップについても、当初の予定よりも進展が見られた。
これまでの研究において、神経幹細胞の細胞増殖・分化過程で、分化運命決定を制御するbHLH型転写因子が示す振動発現などのダイナミックな発現動態に着目し、それらが細胞分化の正確さやタイミングを制御する重要な役割を担っていることを明らかにしてきた。本年度は、改良した遺伝子発現の光操作システムを使用して、bHLH型転写因子Ascl1のダイナミックな発現変動を人工的に制御した細胞を用いて、RNAシークエンス解析を実施した。さらにAscl1下流遺伝子の探索やネットワーク解析を実施中である。bHLH型転写因子などのproneural遺伝子やホメオボックス転写因子、エピゲノム制御因子、各種の細胞シグナル因子に着目してAscl1下流遺伝子の探索を行う。今後は、このようにして同定したAscl1下流遺伝子について、機能解析を実施する。さらに、これらのAscl1下流遺伝子の発現動態について、ライブイメージング技術を用いて可視化する。bHLH型転写因子とそのターゲット因子等の複数の因子の遺伝子発現を同時に制御するために、多色光を用いて体系的に光操作し、これらの因子がどのように協調的に機能して、細胞増殖やニューロン分化のタイミングを制御しているのかを解析する。さらに、オルガノイドや脳組織中においてもニューロン分化運命決定因子群の発現の光照射を試みる。そのために、3次元組織において使用可能な光操作技術の開発にも取り組む。このような解析や技術開発は、ヒトの神経変性疾患・神経障害の治療や、再生医学に適応するための新規戦略の開発にも繋がると期待される。
学会発表がweb会議に変更になり、予定していた旅費が不要になったため、残金が発生した。次年度で予定している遺伝子発現解析実験に使用する予定である。
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