本研究では、ミトコンドリアとは異なり、主に化学ポテンシャル差(プロトン濃度差:ΔpH)に起因するチラコイド膜のプロトン駆動と、チラコイド膜に特徴的な膜脂質組成の関係を明らかにすることを目的とした。そのために、チラコイド膜の脂質組成を操作しやすいシアノバクテリアでチラコイド膜脂質を欠く遺伝子破壊株や,チラコイド膜に存在しない脂質をもつシアノバクテリアを作製し、チラコイド膜の化学ポテンシャル差と電気ポテンシャル差(Δψ)を測定することを計画した。 実際にシアノバクテリアのチラコイド膜のプロトン駆動力を測定してみたところ、測定時のノイズが高く、厳密な測定は難しいことがわかった。そこで、蛍光pH指示薬を取り込ませたシアノバクテリアの生細胞での測定を試みたが、試した試薬では過去の報告と同様の測定をすることが出来なかった。一方、シロイヌナズナの野生株およびチラコイド膜脂質合成酵素遺伝子変異体を用いてプロトン駆動力測定を行ったところ、DGDG合成酵素変異株であるdgd1株でΔpHの特異的な低下が見られた。一方、他のチラコイド膜脂質合成酵素遺伝子に変異のある株では、ほとんど変化がないか、もしくはΔψとΔpHの両方に減少がみられた。このことから、DGDGがチラコイド膜のΔpHの維持に重要である可能性が示された。今後、脂質組成の異なる人工リポソームに蛍光pH指示薬を取り込ませ、ΔpH維持におけるチラコイド膜脂質の役割、特にDGDGの役割を明らかにしたい。また、シアノバクテリアでチラコイド膜脂質を欠く遺伝子破壊株やチラコイド膜に存在しない脂質をもつ株からチラコイド膜を単離し、蛍光pH指示薬を取り込ませたリポソームを作成して、光合成タンパク質複合体の機能との相関も明らかにしたい。
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