研究課題/領域番号 |
20K06686
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
草野 博彰 京都大学, 生存圏研究所, 研究員 (80447929)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 二次代謝 / メタボローム分析 / トランスクリプトーム解析 / NPF輸送体 / イチイ / タキサジエン系化合物 / BAHDアシル基転移酵素 / シトクロムP450 |
研究実績の概要 |
昨年度までの各種オミックス観察で得た仮説を基に、生理的条件の異なる環境下でのタキサジエン系化合物の生合成を試みた。その結果、パクリタキセルに至る経路を優先的に発現する条件を見出した。この現象はタキサジエン系化合物の生合成系に関わる遺伝子を抽出するための重要なヒントを与えると考えられたので、次世代シーケンサーを用いた解読を追加で行った。また、昨年度までに長期培養の後期にパクリタキセル経路の一部が発現することがわかったことについても同様に追加の解読を実施した。これにより新たに得たデータを利用した情報処理により、改めてcDNA塩基配列情報を得て発現解析データを得た。 タキサジエン系化合物の生合成系に関わる遺伝子について遺伝子発現と分子系統解析で新たに発見された遺伝子の特徴を解析したところ、興味深い特徴が多く見いだされた。たとえば、今回新たに解析した環境で特異的に発現するものを抽出すると、その進化的関係はタキサジエン系化合物の既知の代謝酵素が集まるクレードではなく、その近縁であることがわかった。このような生合成系の働きの違いと遺伝子進化の関連性は、タキサジエン系化合物の生合成系の進化発達を示唆している。また、今回新たに解析した環境下では、既知の生合成とは異なる遺伝子によって、類似の生合成経路が駆動されていることが示唆される。 これらのcDNA塩基配列が正しくアセンブルされたのかを明らかにするため、イチイ培養細胞のゲノムDNAをアセンブルできるツールの開発に着手した。また、メタボローム情報解析ツールについてはGitHubで公開し、ユーザーのリクエストや必要に応じて更新を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
昨年度までの成果を基にした生理学的な解析の結果、今年度は新たに重要な比較対象となる理想的な生理条件を見出すことができた。この生理条件の発見は本研究計画の成果を産業応用する上で最も重要な発見となる可能性がある。さらに、これについてのトランスクリプトーム解析の結果、タキサジエン系化合物の生合成に関わることが強く示唆される未知の遺伝子を新たに多く見出した。メタボローム・ゲノム解析のための情報解析ツールの整備など、応用範囲の高い方法論も得られた。 近年チュウゴクイチイのゲノム情報が公開され、タキサジエン系化合物の生合成についても多くの遺伝子の存在が示唆されたが、今回の研究で得たものは独自に発見した生理学実験から抽出したものであり、重要な遺伝子が含まれる可能性はより大きい。次年度に予定されている細胞生物学的・生化学的な解析は、既知遺伝子の近縁遺伝子として知られていたものだけでなく、主にこれら新規発見の遺伝子を対象として実施することができるので、計画は想定以上に進展したと考えられる。また、昨年度までに整備したロングリードシーケンサーを用いて、イチイ培養細胞のゲノム塩基配列の解読に着手した。イチイのゲノムは10ギガ塩基と巨大で既存の解析ツールの限界を超えていたため、新たにスキームを開発して計算を試みている。小規模なデータを使って新規遺伝子のアセンブルの正確性を評価する作業をパイロット的に実施したところ、アセンブルが正しいものと誤りであるものを明確に区別することができたので、新たな解析ツールの有用性が示唆されたものと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
主に酵母とメタボローム分析を使ったハイスループットな系を利用して遺伝子機能解析を行う。また、GFP融合タンパク質遺伝子を構築し、イチイ培養細胞や酵母での蛍光を観察するなどの、分子生化学的な実験を実施する。これらの実験で遺伝子とタキサジエン系化合物の生合成との関わりを解明し、成果として得た知見を論文として報告する。特に酵母を使った代謝の解析は、イチイが天然に持つタキサジエン系化合物の生合成系を酵母に移植する研究と同じ作業でもあるため、合成生物学的な代謝系の再構築にもつながる。その成果は抗がん薬としてのパクリタキセル、あるいは類縁化合物の合成原料としての中間体化合物を安定供給するための基盤技術として、産業・医療への応用に貢献する可能性が高い。 具体的には、新たに明らかになった培養条件からcDNAを単離し、これまでに整備したベクターシステムを利用して酵母やイチイ培養細胞用の発現ベクターを構築する。新たなゲノム解読ツールについては、イチイと同じく巨大ゲノムの解読に利用できるため、実用作物などゲノム未解析な生物の研究に広く貢献する可能性がある。これについてはメタボローム解析ツールと合わせてGitHubで公開する予定である。また、メタボローム解析ツールについては引き続き更新・公開を継続する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
ウクライナ戦争による物資や資源の生産・輸送の滞りからプラスチック製品や機器の納品が遅れたため。また、新型コロナウイルス感染症対策のため学会がオンライン開催となり旅費の支出が発生しなかったため。納品が遅れた物品については次年度に購入する。また、発注していた物品の一部について納品されない恐れが生じているため、これについてはキャンセルし同等の機能を有する代替品を改めて購入する可能性がある。
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備考 |
メタボローム解析ツールGrassHopperを公開するためのURL
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