本研究は深海底の局所的な環境にのみ生息する生物が,いかにして分散し,新たな生息場所に進出するのかという問題に対して,分散期である浮遊幼生の遊泳パターンやその神経制御,環境応答などの知見を明らかとすることを目的とした研究である.実験のモデル生物には,海底に沈んだ鯨類の死骸にのみ生息するホネクイハナムシ Osedax japonicusを用いる. 令和5年度は浮遊幼生の行動や変態に対する,様々な神経伝達物質の影響を評価した.他の多毛類の浮遊幼生において変態・着底・遊泳の活性化などに関与することが知られているMIP(Myoinhibitory peptide)やセロトニンをさまざまな濃度でホネクイハナムシの幼生を飼育している海水に添加し行動を撮影し画像解析を行なった.MIPは対照実験と遊泳行動に差が見られなかった.セロトニンを添加すると幼生はその場で激しく旋回する運動を示した.その際対照実験と比較し,セロトニン処理幼生では遊泳速度は上昇し,遊泳時の旋回半径は小さくなった.また抗体染色の結果セロトニンは幼生期において,一部の神経細胞に局在していることが明らかとなった.それらのセロトニン抗体陽性神経は繊毛細胞に投射しており,遊泳行動を制御していることが示唆された. 研究期間を通じて,ホネクイハナムシ幼生の神経系と繊毛帯の発生過程を解明,プランクトン幼生の行動観察と解析手法の確立し,また一部の神経伝達物質が幼生の遊泳行動に与える影響を評価することができた.
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