研究課題/領域番号 |
20K06774
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研究機関 | 上智大学 |
研究代表者 |
安増 茂樹 上智大学, 理工学部, 教授 (00222357)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 新規機能遺伝子 / 孵化酵素 / 機能進化 / 硬骨魚類 |
研究実績の概要 |
重複遺伝子が、どのように新規機能を獲得してきたかを解明することは、進化学において重要な課題である。真骨魚類の孵化酵素は、数回の遺伝子重複を経て、単一酵素の卵膜分解系から2種の酵素の効率の良い分解系へと進化している。系統的に分岐の早い魚では単一酵素の卵膜分解系であるのに対し、多くの正真骨魚では2種類の酵素(HCEとLCE)による共同作用により効率の良い分解系に進化した。面白いことに、キュウリウオ目のアユでは3つの酵素 (HCE, LCE, HE)を持つ。分子系統解析により、まず遺伝子重複して2つの酵素(cladeI/HCEとcladeII酵素)が生じ、さらにcladeII酵素は、重複してLCEとHEが生じたと考えられる。HE遺伝子は、その後の正真骨魚類の進化過程で消失している。このことは、HCE-LCE系の成立過程で一時的に3つの酵素の分解系が存在したことが予想され、新規システムが生じる移行期の分解系と予想される。アユの卵膜分解系を調べるため、リコンビナント孵化酵素を作成して単離卵膜の分解実験を行った。その結果、rAyuHCEの分解様式は、他の正真骨魚類のHCEと同様であったが、rAyuLCEは、効率の良い切断点を検出できなかった。一方、rAyuHEは、2つの分解物が検出され、それら2つの分解物の切断点は、正真骨魚類で報告されているLCEの切断点の近傍に位置する。このことは、HEがLCEの機能を補完しているように見える。HCE-LCE系の成立過程を考察する。アユでは、HCEに加え、cladeII遺伝子の重複酵素HEとLCEが維持されている。卵膜分解実験の結果、アユLCEは、他の正真骨魚LCEの機能を獲得しておらず、一方の重複遺伝子HEが補完的に働いていると考えられた。この結果は、重複遺伝子による新規システムの成立には、移行期のような中間的な系が存在することを示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
アユの卵膜分解機構:リコンビナント孵化酵素と卵膜を保温すると、卵膜は完全可溶化されない。沈殿と上澄みに分離すると、rAyuHCEと保温したもののみ上澄みにペプチドが検出される。分解物のアミノ酸配列を決定すると、卵膜構成タンパク質のZPBのN末端側にあるPro-X-Y繰り返し配列を細断していることが分かった。これは、他の正真骨魚類と同様な分解様式であり、正真骨魚類の初期の段階でHCEの機能は確立しているといえる。分解後の沈殿物をSDS電気泳動すると、rAyuHEでは2つの分解物のバンドが検出される。これら切断点の位置関係を報告されているLCE切断点と比較すると、HEの切断点は、20アミノ酸以内の近傍に位置している。結果、2つの酵素(HE、HCE)について切断点が明らかとなり、特にHEが卵膜分解に積極的に関与していることが明らかとなった。 アユとニジマス孵化酵素の精製:孵化液より、種々のカラムを用い精製を試みている。ニジマスでは、最終的に2つの酵素活性画分に分画され、卵膜分解様式よりHCEとLCEと予想された。一方、アユでは、3つの酵素活性画分に分画された。これらの酵素画分に、どの酵素が含まれているかは同定されていない。今後、リコンビナント孵化酵素により得られた基質特異性を基に3つの画分に含まれる酵素の特定を行う予定である。 リフォールディング法の改良:活性の高いリコンビナント孵化酵素を得るため、リフォールディング法の改良を行っている。卵膜は、強固なタンパク質の構造物であり、孵化酵素で卵膜の構造変化を起こさせるには、活性の高い酵素標品が必要となる。現在、リフォールディング時のタンパク濃度の検討、イオン液体を用いる方法など、種々の方法を試みているが、効率よい方法は得られていない。研究課題の用いる手法は、酵素精製など生化学的手法で時間の要する実験が主になり、計画進行は、やや遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度は、以下の3つのプロジェクトを中心に研究を行う。①卵膜分解実験において、LCEの卵膜切断点は検出されていないが、酵素遺伝子が維持されている点を考慮すると、一定の関与をしていると予想される。活性の高いリコンビナントまたは、精製酵素を用いることで切断点を検出する。切断点の決定後、合成ペプチドを基質として、切断効率を調べる。②HE遺伝子は、cladeII遺伝子の重複により生じたことが分かっている。正真骨魚類の姉妹群のニシン骨鰓類においてもcladeI遺伝子にくわえHE遺伝子が存在する。ニシン骨鰓類のHE遺伝子(ミルクフィシュのrHEを作製予定)を用いアユ卵膜を分解させてみる。特異性が維持されている場合、アユHEと同様な切断を行うと考えられる。cladeII遺伝子の重複後、2つの遺伝子は、全く異なった運命(LCEは新規機能遺伝子、HEは消失)をたどる。HE酵素の卵膜分解作作用より、2つの酵素運命の違いを考察する。③メダカのHCEとLCEの卵膜分解特異性に関与する4つのアミノ 残基がわかっている。HCEの4残基をLCE型に変異させるとLCEの活性を持ち、逆にLCEをHCE型に変異させるとHCE様活性を持つ。一方、アユとニジマスのLCE では、この4残基が保存されていない。アユのLCEの4残基をメダカLCE型に変異させると卵膜分解活性がどのように変化するか、など複数の変異リコンビナント孵化酵素を作製して実験を行う。Inverse PCR法を用い孵化酵素cDNAに変異を入れ、リコンビナント酵素を大腸菌で作成する。4つの変異により本来のLCE活性を示す場合、アユLCEは、変異途上の酵素と判断できる。以上の研究を総合して考察することで、孵化酵素新規システムがどのように構築されたかを推察する。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ伝染病のための実験計画の遅れから、研究費は、若干の余剰金を次年度に繰り越した。来年度の使用予定の消耗品は、高額なもの(分子生物学用品、合成ペプチドなど)を含むことから、繰越金を有効に利用する予定である。
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