本研究では国立科学博物館所蔵の以下の標本を材料とした.①オウギハクジラとコブハクジラの新生児(フォルマリン固定),②アカボウクジラ,オウギハクジラ,ハッブスオウギハクジラ,タイヘイヨウアカボウモドキの亜成体胃ないし成体から,採取した全胃(新鮮なものについては胃を構成する複数の小区画から内容物を採取し,eDNAを採取した. ①オウギハクジラとコブハクジラの新生児はCT撮影を行ったのち,オウギハクジラについては解剖し,コブハクジラについては全身氷結後バンドソーで1cm厚の連続切片とした.アカボウクジラ科鯨類の胃が特異な構成をもっていることは古くから知られているが,腹腔内での腹膜との関係などはほとんど検討されていない.本研究では背腹の胃間膜と大網との関係,あるいは膵臓と脾臓の位置関係などから,胃全体の回転との関連において,連続する主胃,連結胃,幽門胃の各部が順次にくびれて,特に連結胃の数個の小部屋に分かれていることを確認したが,連結胃2-3個目の部分で約180度の捻転が見られることが共通して観察された.②アカボウクジラ,オウギハクジラ,ハッブスオウギハクジラの胃については構成する小区画から内容物を採取し,eDNAの解析を行った.アカボウクジラ科鯨類の胃が種によっては10をこえる小区画に分けられている理由として,消化を行う環境の独立性に意義がある可能性を検定するため,eDNA解析により胃内微生物の組成を比較検討したが,クジラの種に共通して優先する微生物は確定できず,個体差の方が大きいと思われた.これについてはさらに個体数を増やして喧噪を進める必要がある.③オウギハクジラとアカボウクジラの胃のプラスティネーション標本を,タイヘイヨウアカボウモドキの胃は単純乾燥標本を,アカボウクジラの胃については,ポリエチレングリコールを用いた乾燥標本を作成し,この奇異な胃を展示できる博物館標本とした.
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