本研究は「背甲は甲殻類の系統における原始的な構造物である」という、1909年に W.T.Calman によって提唱されてから100年以上経った現在でも結論が出ていない仮説を、オオミジンコをはじめとした複数種の甲殻亜門生物における「背甲形成関連遺伝子」の分子発生生物学的解析により検証することを目的とした。研究代表者がこれまでに得ていた結果は「オオミジンコの背甲は、Hoxタンパク質 SCRが特異化する第1・第2小顎体節由来で、VG/SD/wgが共発現する周縁部で折りたたまれ伸張する」とまとめられる。もしCalmanの仮説が正しく、甲殻類が有する全ての背甲が単一起源を持つ原始的な構造物であるならば、背甲形成の基本的分子機構は、オオミジンコ以外の現生甲殻類においても保存されている可能性が高い。 そこで本研究では、オオミジンコと同じ鰓脚綱に属する、アメリカカブトエビ(鰓脚綱背甲目)と、甲殻亜門の中で鰓脚綱よりも大きなグループである軟甲綱に属するアメリカザリガニ(軟甲綱十脚目)において、オオミジンコで同定された4つの主要な背甲形成関連遺伝子の発現をmRNA/タンパク質レベルで解析し、これらの発現パターンが上記の「枠組み」に合致するかどうかを総合的に考察することで、Calmanの仮説の真偽を検証することを試みた。また背甲を持たないブラインシュリンプ(鰓脚綱無甲目)においても「主要背甲関連遺伝子」の解析を行い、この生物に何故背甲が形成されない理由も考察した。 その結果、オオミジンコおよびアメリカカブトエビにおける主要背甲形成関連遺伝子の発現様式は、基本的に保存されているらしいことが明らかになった。またブラインシュリンプにおける「主要背甲形成関連遺伝子」の発現様式は、この生物が「背甲を持たない」ことと相関しているように思われた。アメリカザリガニにおける解析は、令和5年度以降に実施する。
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