研究課題/領域番号 |
20K06816
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
林 良信 慶應義塾大学, 法学部(日吉), 講師 (70626803)
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研究分担者 |
宮崎 智史 玉川大学, 農学部, 准教授 (20547781)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 真社会性 / 亜社会性 / 遺伝子 / 自然選択 |
研究実績の概要 |
「単独性生物から社会性生物への進化」は、生物界に新たな複雑性を生じさせた生物進化史上の革新的な出来事の一つであり、生物学において特に注目すべき重要な現象である。本研究では、社会性生物の中でも特に複雑な社会を構築し高度な利他行動を示すシロアリに注目し、比較ゲノム解析によって単独性のゴキブリから亜社会性のゴキブリ、そして真社会性のシロアリが進化する過程でどのようなゲノム領域が急速に進化したのかを明らかにする。昨年度までの研究で、真社会性のシロアリ類に最も近縁な昆虫である亜社会性のキゴキブリのゲノム解読と遺伝子アノテーションを行った。このアノテーションで作成されたキゴキブリの遺伝子モデルと既存のゴキブリ・シロアリの遺伝子モデルを使用し、キゴキブリまたはシロアリ類の進化過程、つまり「単独性から亜社会性」または「亜社会性から真社会性」への進化過程において正の自然選択が生じた遺伝子の同定を試みた。PAMLソフトウェアによる自然選択解析の結果、19遺伝子または5遺伝子がそれぞれキゴキブリまたはシロアリ類の進化過程で正の自然選択が検出された。前者の19遺伝子の中には、ネバダオオシロアリにおいてワーカーからソルジャーへの分化に関わると示唆されているNlaz遺伝子が含まれていた。この遺伝子はシロアリでは女王と子のコミュニケーションに関する機能を有すると推測されており、キゴキブリの親と子の相互作用の構築においても重要である可能性がある。そのほかの遺伝子にはDNA結合ドメインを持つものなどが含まれていた。後者の5遺伝子の中には、LisH domainまたはFERM domainを含む遺伝子があることがわかったが、シロアリにおけるそれらの遺伝子の具体的な機能は現時点では不明である。今後はこれらの自然選択圧が検出された遺伝子の機能解析を行うことで、亜社会性や真社会性の進化機構の解明を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2021年度では、昨年度までに得られたゲノム・トランスクリプトームデータ解析結果を利用してバイオインフォマティクス解析をさらに進展させて、「単独性から亜社会性」または「亜社会性から真社会性」への進化過程において正の自然選択が生じた遺伝子の同定を遂行することができた。この解析では、研究計画後に公表されたために計画には含まれていなかったイエシロアリのゲノムデータも用いることができ、より信頼性の高い結果が得られていると考えられる。この結果はシロアリ類の進化機構を解明する上で非常に意義のある重要な成果である。さらに、2021年度に発表した論文をきっかけに複数の海外の研究者と連絡をとるようになり、彼らとの共同研究も始まった。現在は海外の共同研究の協力により未発表の海外産シロアリのゲノムデータを使用することができ、自然選択などの進化学的解析を進めている。国内の研究者との共同研究も新たに開始し、ネバダオオシロアリやヤマトシロアリといった国内に生息するシロアリのゲノム・トランスクリプトームデータをさらに充実させる計画がすでに進行している。本研究ではこれらのデータも利用して、計画していた非コード領域の自然選択解析や遺伝子重複解析といった進化学的解析を行うことでシロアリの真社会性進化機構の解明がより一層進むと期待できる。2022年度ではバイオインフォマティクス解析によるコード・非コード領域の自然選択圧の解析をさらに進める。さらに2021年度までの研究によって亜社会性・新社会性に関わる遺伝子の候補が同定されてきた遺伝子の詳細な機能を明らかにするための分子生物学的解析を行う予定である。特にキゴキブリの亜社会性進化に関わると推測されるNlaz遺伝子についてはゲノム編集といった最新の技術も試すことでその機能解析を推し進めたい。
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今後の研究の推進方策 |
本研究ではゴキブリ3種とシロアリ4種のゲノム・トランスクリプトームデータを用いた解析を行う計画であったが、新たな共同研究グループの形成に伴い、現時点で利用可能なデータが増えている。より多くのデータを利用することで、より信頼性の高いデータが得られるだけでなく、ゴキブリ・シロアリの進化過程をより詳細に明らかにすることができる。今後の研究においてはこれらのデータを活用し、バイオインフォマティクス解析によって亜社会性や真社会性への進化過程において自然選択圧にさらされたゲノム領域や急速に増加した遺伝子群の特定をさらに推進する。また利用可能なデータが増えたことで、シロアリごとに異なる様々な特徴に関する進化ゲノム学的研究が可能になったため、このバイオインフォマティクス解析によってこの研究も進めていく。これらのバイオインフォマティクス解析によって、亜社会性・真社会性、また各シロアリの特徴の進化に関割る遺伝子の候補が同定されるため、それらの候補遺伝子について分子生物学的解析によって遺伝子機能解析を行うことが重要になる。多くの候補候補遺伝子に対する機能解析を効率的に行うための方法・作業体制をつくり、今後は機能解析を強力に進めていくことが必要になる。必要に応じてシロアリの培養細胞を新たに作製して、遺伝子導入や遺伝子ノックアウトをした細胞株による機能解析体制を整える。また、ゲルシフトアッセイやルシフェラーゼアッセイは非コード領域の解析には特に重要になると考えられるため、これらの手法も効率的に行えるように準備をしておく。さらに、シロアリにおいてゲノム編集技術を用いた生体での遺伝子機能解析も重要であり、どのシロアリ種がこの解析に最適化を検討をしておく。また、遺伝子発現のエピジェネティック制御機構の解明のためのクロマチン免疫沈降サンプルの次世代シークエンシングも進めていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画時には利用できなかったシロアリのゲノム・トランスクリプトームデータが新たな共同研究の開始によって利用可能になったことで、2021年度ではこれらのデータを利用したバイオインフォマティクス解析に注力した。バイオインフォマティクス解析は費用のかからない共同利用計算機を用いて行ったため、2021年度の研究は費用のあまりかからないものとなった。次年度の分子生物学的解析に使用するシロアリサンプル採集を2021年度に行っており、次年度は分子生物学的解析に必要な実験試薬・器具、そしてバイオインフォマティクス解析をより推進するためにコンピューター・コンピューター部品の購入をする予定である。
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