記憶は覚醒時の経験を通して獲得され、その後の睡眠中などに定着される。この一連のプロセスを通して記憶を担う責任部位が変化していくことが知られている。このことは、記憶の脳領域横断的なネットワークが記憶プロセスを経て変化していくことを示唆している。一方で、個々の脳領域内では、記憶の獲得時に見られた活性化パターンと同様のパターンが記憶の想起時にも見られることが明らかにされてきた。このことは、各脳領域内の局所ネットワークは比較的安定していることを示唆している。しかし、これらの異なるダイナミクスを示すネットワークが組み合わさることで、どのように記憶機能が実現されているのかは不明である。 この点を明らかにするため、本研究では、自由に行動しているラットの脳の3つの領域で同時に大規模電気生理学記録を行い、多数の神経細胞の活動を同時に、記憶の獲得から想起まで連続して記録した。さらに、このデータに独立成分分析や相関関数解析を応用した数理解析を行い、記憶の獲得によって脳領域間横断的な同期活動が新たに生じることを明らかにした。また、この同期活動の際には、関与している脳領域で100-200Hz程度の速い局所電場電位のオシレーションが一過的に生じることを発見した。 このような速い脳波オシレーションは細胞集団の同期した発火をともなうことから、シナプスの可塑的な変化を誘導するのに適した活動パターンであると考えられている。そこで、本年度は速い脳波オシレーションの際の活動を選択的に阻害することにより、脳領域横断的なシナプス結合の変化を抑制することで脳領域横断的なネットワーク構築メカニズムを明らかにすることを目指し、速い脳波オシレーションのリアルタイム検出手法の構築ならびに麻酔ラットを用いた光遺伝学的な活動阻害の検証を行った。
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