本研究では、学習の柔軟性を支える神経基盤として、線条体神経回路の多細胞・多階層の動態をシミュレーションを用いて明らかにすることを目的とする。線条体神経回路は、大脳皮質・視床・中脳からの入力を受けて、直接路中型有棘細胞(D1-MSNs)および間接路中型有棘細胞(D2-MSNs)という二種類の出力ニューロンがそれぞれ異なる脳領域に投射し、行動選択や学習に重要な役割を果たすと考えられている。しかし、線条体神経回路において、皮質・視床・中脳からの入力がどのようにD1-MSNsとD2-MSNsの神経活動を制御するのか、またその制御にどのような線条体神経回路の多細胞・多階層相互作用と生物学的基盤が関与しているのかは、十分に解明されていない。 そこで本研究では、生物学的知見や実験データをもとにした数理モデルを構築し、コンピュータシミュレーションによってこれらの問題に迫ることを試みる。本年度は、これまでに構築した線条体中型有棘細胞の細胞電気生理学的モデルと、細胞内分子シグナル伝達経路モデルを統合し、線条体中型有棘細胞の分子・細胞レベルの多階層モデルを構築した。このモデルでは、ドーパミンシグナルだけでなくグルタミン酸シグナルもモデル化されており、これにより、細胞内シグナル伝達経路が細胞の構造可塑性や学習能力に及ぼす影響を示唆することができる。さらに、このモデルを用いてシミュレーションを行った結果、細胞の興奮にともなうCaMKIIの活性が、健常モデルと依存症モデルで異なることが明らかになった。加えて、イオンチャネルへの薬理効果をシミュレーション実験で評価することで、依存症治療への介入効果を予測することができた。
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