研究課題/領域番号 |
20K06892
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研究機関 | 愛媛大学 |
研究代表者 |
村上 安則 愛媛大学, 理工学研究科(理学系), 教授 (50342861)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 脊椎動物 / 脳 / 進化 / 発生 |
研究実績の概要 |
研究目的の一つである「知性の源泉の探究」について、円口類のヤツメウナギ、トラザメを用い、発生期の脳神経系の形態と遺伝子発現パターンを調べた。特に脊椎動物の進化における鍵革新である「顎の獲得」について、顎を支配する三叉神経と、そこに発現する遺伝子の発現をヤツメウナギ胚で調べたところ、マウスで下顎枝を構成する神経と、ヤツメウナギの下顎枝を構成する神経では発現する遺伝子が異なる事が判明した。このことは三叉神経は顎の進化に伴って大きく変化した事を示している。さらに、「脳の改変」に関して、ヤツメウナギ、条鰭類のチョウザメ・ナマズ、両生類のアフリカツメガエルで脳発生を比較したところ、脳胞の発達は一様ではなく、系統毎に脳胞が顕著になる時期が異なる事が判明した。この結果は、脳発生はある時期まで系統間で共通で、それから種特異的な形態が顕れるという従来の考えとは異なるものであり、今後さらに感覚中枢の進化を探るための重要なヒントとなった。さらに、「高次中枢の進化」について、哺乳類の中でもヒトに匹敵する巨大脳を進化させているクジラ類に注目した。ただしクジラ類を発生学的実験に用いることは不可能であるため、同系統(クジラ偶蹄類)に属するシカ、イノシシの胚を入手し、その新皮質の発生様式を詳しく調べた。その結果、クジラ類の終脳の新皮質に特徴的に見られる①脳回の発達、②1層の肥大、③4層の欠失、のうち、脳回の発達と1層の肥大はシカやイノシシの新皮質にも見られることが判明した。一方で、4層については、組織切片を用いた形態学的解析から、シカやイノシシには残存していることが判明した。このことは、クジラ偶蹄類のうち、シカやイノシシなどの有蹄類はクジラ類と他の哺乳類との中間的な様相を示しており、クジラ類がもつ特徴的な新皮質は、海に進出する以前の段階である程度特殊化が進行していた可能性を示唆している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初、本研究の第一段階として予定していた「脊椎動物の様々な系統の脳形態・発生の解析」については、ヤツメウナギ、トラザメ、チョウザメ、ナマズ、コイ、アフリカツメガエル、ソメワケササクレヤモリ、コーンスネーク、イノシシの脳発生を調べることができた。これらはすべて脳形態に独自の特徴があり、脳進化を探るうえで鍵となる系統群であるため、その時間的・空間的な発生過程を調べることができたことは大きな前進であった。ただし、当初の予定では愛媛大学の医学部と連携し、様々な脊椎動物の神経染色標本を最新の顕微鏡やイメージング技術を用いて解析し、最終的には「脳図鑑」として公開する予定になっていたが、コロナ禍により医学部への立ち入りが制限されたため、停滞を余儀なくされた。ただし、現在は昨年度よりも状況が改善され、チョウザメなど幾つかの標本については観察を始めており、また医学部以外の施設での観察も可能な状況となっている。 第2段階として考えていた「発生期の脳の感覚中枢の進化に関わる候補遺伝子」については、発生期のヤツメウナギとマウスを用いて、三叉神経の下顎枝を構成する細胞体に特異的に発現するHmx1遺伝子の発現解析を行い、Hmx1の発現場所がヤツメウナギとマウスで大きく異なることを見いだした。また、ヤツメウナギを用いたゲノム編集実験も試み、その実験法の確立に成功した。 これらの知見に加え、当初は予定していなかった、クジラ偶蹄類に属するイノシシやシカの胚が入手できたことで、哺乳類の終脳の新皮質の進化の最も顕著な例を示すクジラ類の脳にアプローチできる可能性が生じた。さらに、哺乳類の新皮質特異的に発現するRorβ・Eag2・ER81、そして多くの神経に普遍的に発現するGAD65について、イノシシの相同遺伝子をクローニングすることに成功した。これらのことから、当初の予定以上に進展していると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は、これまでに得られた様々な発生段階の脊椎動物胚について、神経染色やin situハイブリダイゼーションを行った標本を最新式の蛍光顕微鏡や共焦点レーザー顕微鏡で観察し、発生を追いながら脳形態の三次元イメージを構築する。この研究はコロナ禍のため、愛媛大学医学部への学生の出入りが制限されており、そこに設置されている機器を使うことが困難であるが、愛媛大学理学部の共通機器を利用するなどして本来の研究テーマが遂行できるようにする。 感覚中枢の起源に関する研究では、ヤツメウナギ胚を用いてゲノム編集実験を行い、三叉神経や終脳のパターニングに関わるとされるHmx1・Pax3//7・Pax6の機能を阻害し、その表現型を詳細に解析する。それと同時に上下顎枝をデキストラン等の神経トレーサーで標識し、その細胞体の位置を遺伝子発現と合わせて観察することで、顎口類の三叉神経との間に相同性があるかどうかを検証する。脊椎動物は顎を獲得することで飛躍的に進化したとされ、脳形態も顎の獲得と共に大きく変わっている。したがって顎を制御する三叉神経の改変機構を知ることは脳の進化を探る上で極めて重要である。 さらに、クジラ偶蹄目の終脳に関する研究では、イノシシ胚の終脳標本を用いてin situハイブリダイゼーションや免疫組織化学により、新皮質の層特異的マーカーの発現を時間的・空間的に詳細に解析するとともに、イノシシよりもクジラ類に系統的に近いとされるシカ類について、ニホンジカの各発生段階の胚を入手して新皮質の形態を詳細に解析する。これと平行して、哺乳類の新皮質の層特異的遺伝子の分布をヤモリやカメなどの双弓類の終脳で観察し、爬虫類や哺乳類がもつ様々なタイプの感覚中枢において相同な要素と異なる要素を明らかにする。こうした結果を基にして、進化の過程で脊椎動物の脳の制御中枢がどのように進化してきたのかを明らかにする。
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