脊椎動物の脳には著しい多様性がみられる。哺乳類・鳥類・爬虫類では大脳(終脳)に視覚や聴覚の感覚中枢が生じる一方で、条鰭類では終脳以外の場所に味覚や電気感覚などの中枢が新規に創出されている。その一方で、脳神経系の多くの要素は脊椎動物の初期の段階で獲得されたと考えられている。しかしながら、こうした脳の起源と進化の背景にある分子機構については未だに多くの謎が残されている。本研究では、羊膜類、条鰭類、軟骨魚類、円口類を用いて、発生中の脳神経系の形態や神経回路を詳細に観察し、新規な脳神経系要素の確立に関わる候補遺伝子の発現・機能解析を進め、脳の始まりから多彩な高次中枢の発展に至る壮大な進化的変遷を探ることを目的とした。最終年度には円口類のヤツメウナギと軟骨魚類のサメを用いて、昨年度に引き続いて三叉神経系のラベリング実験と遺伝子発現解析を行い、両者の三叉神経系の形態に大きな違いがあることが確認された。さらに、その違いを基にして、顎口類と円口類の分岐の際に起きた過程に関する新たなモデルを提唱した。大脳の進化に関する研究では、昨年度に引き続き、人類に比肩しうる巨大脳を進化させているクジラ類に注目し、その新皮質の発生機構をクジラ類と同じ系統である偶蹄類を用いて解析した。今年度は念願の抗体染色に成功し、発生期のシカやイノシシの新皮質には、クジラ類で欠けているIV層が存在している事が判明した。さらに、クジラ類の終脳で独自に見いだされていた外翻ニューロンに似た細胞が偶蹄類の新皮質に存在することが判明した。このことは陸棲偶蹄類がクジラ類と分岐する段階で、新皮質に幾つかの変化が生じていたが、IV層の消失はクジラ類の系統で独自に生じた可能性が示唆された。本研究を通して、脊椎動物の脳の起源と多様化2関わる仕組みの一端を明らかにすることができた。
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