マウスは個体や種の存続のために、嗅覚系を用いて、餌の探索や仲間の識別、天敵からの回避などの本能判断を下している。一方、これまでの我々の研究から、幼少期に特定の匂いを嗅がせておけば、例えその匂いが先天的に忌避性の匂いであっても、誘引的な匂いとして刷り込み記憶が形成されることが明らかとなってきた。そこで本年度は、幼少期に暴露される匂いに対して、好意的な質感が付与される条件について詳細な検討を行った。 出産後の母マウスの乳首に、忌避性の匂い4-メチルチアゾール(4MT)を塗布した場合、仔マウスは4MTに対して誘引行動を示した。一方、中性の匂いオイゲノール(EG)を塗布しても、仔マウスはEGに対して誘引行動を示さなかった。両条件付けにおいて、どのような違いが誘引的な記憶形成に影響を与えているのかを解析した。その結果、母マウスによる育仔行為の有無と、同腹仔の存在が重要な要素であることを見出した。具体的には、EGを塗布しても母マウスは通常通り育仔をするため、仔マウスはEGを敢えて記憶する必要がない。しかし4MTを塗布した母マウスは神経質となり30分ほど育仔を放棄するため、仔マウスは飢餓感が生じ、母マウスを探し求めるために4MTに対する誘引的な記憶が形成されたと考えられる。実際に、人為的に仔マウスから母マウスを30分間引き離した後、母マウスを戻すと同時にEGを嗅がせる匂い条件付けを行うと、EGに対しても誘引的な記憶が形成された。また、母マウスから引き離されている間、仔マウスを単独にするとこの誘引的な記憶が形成されないことから、同腹仔の存在も重要な要素であることが判明した。そしてこれらの誘引的な匂い記憶は離乳期に限定されることも見出した。以上の結果から、離乳前の仔マウスによっては、母マウスからの世話と、同腹仔の存在が非常に大事であることが明らかとなった。
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