研究課題/領域番号 |
20K06916
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研究機関 | 関西医科大学 |
研究代表者 |
上田 康雅 関西医科大学, 医学部, 講師 (60332954)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ストレス / 大脳基底核 / 線条体 / ドーパミン / セロトニン / 尾状核 / 意思決定 / 運動制御 |
研究実績の概要 |
ヒトは、強いストレスがかかる状況では普段問題なくできる行動が、できなくなったりミスを頻発したりすることが知られている。このことは、ストレスの存在が、我々を普段とは異なる情動状態に変化させ、正しい行動選択や意思決定のプロセスが障害されているからだと考えられる。 脳の大脳基底核を含む神経回路は、運動の学習や制御および意思決定に対して、重要な役割を果たす。しかしながらこれまで行われてきたサルの大脳基底核における研究では、これらのプロセスに与えるストレスのような情動的要素の影響は考慮していなかった。 報告者は、サルに異なる視覚刺激2つ提示し、眼球運動を用いて選択させる課題をトレーニングした。この結果2頭の動物で、選択肢の一つが嫌悪刺激と条件付けされた視覚刺激である場合、報酬に結び付く視覚刺激を選択する確率の成績が低下した。このことは、正しく選択できなかった場合に嫌悪刺激(罰)を受ける場合には、失敗し嫌悪刺激を受けることを予測しこのことがストレスとして、行動選択に影響を与えていると考えた。このサルが感じている情動的な違いを評価する方法が必要であるが、報告者はこれまで使用してきた高額の赤外線カメラを使用した計測に加え、より安価な熱電堆素子を使用した顔温度計測技術の確立に成功した。これにより、自律神経応答からサルが感じている情動的な違いを定量的に評価することに成功した。 また、尾状核におけるドーパミン入力のストレス存在下での行動選択に対する機能的な意味を解明するため、ドーパミン受容体アンタゴニストを尾状核に注入した。この結果、行動選択において意欲の高さを示すと考えられる、課題が始まることを期待する行動の低下、不適切な選択確率の上昇、およびまだ解析中ではあるが、自律神経反応そのものへの影響も観察された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
コロナによる製造と流通の混乱から、単一神経細胞の発火活動の電極等の納期が予測できず、実験計画が立てにくくなったことで、黒質からのニューロン記録が遅れることが予測できたため、まず手元に存在する物資でできる実験を開始した。これまでに私は、同じ報酬獲得を目指す行動選択課題であっても、もし失敗した場合は嫌悪刺激を受けるような状態で課題を遂行する場合では、不適切な行動選択をして嫌悪刺激を受ける割合が増えることを報告している。このような現象は、あくまでも報酬と嫌悪刺激の組み合わせによって、サルの情動的な状態が変化することによって誘発される現象であり、たまたま嫌悪刺激に条件付けされた視覚刺激が、報酬と条件付けされた視覚刺激に比べ、動物のボトムアップ性注意の誘引する特性が強いからである可能性を排除しなければならない。そのため、これまで2頭の動物に対して、それぞれ1組の (報酬、音)、(報酬、嫌悪刺激)および(音、嫌悪刺激)の組み合わせで行ってきたものに加え、多くの組み合わせを古典的条件付けにより学習させ選択課題を行わせた。その結果、どのような視覚刺激の組み合わせであっても、不適切な行動選択の発生確率は(報酬、音)<(報酬、嫌悪刺激)であることを確認した。またこの時に顔温度の計測により、各組み合わせの条件下で、顔温度の変化は、組み合わせ開始から15トライアルあたりで、(報酬、音)>(報酬、嫌悪刺激)>(音、報酬)の関係が観察された。 前回は、予備実験において、1頭の動物でのみ尾状核におけるドーパミンD1およびD2受容体の薬理学的ブロックを遂行していたが、今回は2頭の動物で尾状核におけるD1およびD2受容体の機能的遮断を行った、昨年度1頭の動物で確認された行動選択や反応時間、さらに自律神経応答にも影響を与えることが示唆されるデータが得られた。これらに関しては、現在データまとめ論文を執筆中である。
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今後の研究の推進方策 |
線条体は、黒質緻密部のドーパミン作動性のニューロンから入力を受けている。線条体へのこのドーパミン入力は、適切な行動を発現するために非常に重要であることは、黒質の細胞の変性脱落によるパーキンソン病に見られる運動障害から明らかである。この黒質緻密部のニューロンはこれまで報酬予測誤差情報や、嫌悪刺激に関連する応答など運動の遂行や学習に重要な情報をコードしていることが報告されている。解剖学的に背側縫線核からのセロトニン作動性ニューロンが黒質緻密部に投射していることが知られており、この背側縫線核のニューロンはストレスに関連した情報を表現しているとされる。このことから、黒質緻密部はストレス関連の情報を受け、線条体での正しい運動の発現に関与していると考えられる。これまで示してきたように(1)(報酬、音)と(2)(報酬、嫌悪刺激)の組み合わせの時に、サルは(2)の組み合わせで課題を遂行すると、成功したときの結果は(1)と(2)で同じ(報酬獲得)であるにもかかわらず、不適切な選択(報酬を得られない選択)をする確率が上昇する。これまでの、この課題を用いた尾状核の活動の記録で、行動発現前の放電頻度が、適切な行動選択と不適切な行動選択の者では異なっているものが観察された。おそらく、この不適切な行動選択の発現には、黒質密部からのドーパミンの入力の変化による可能性が考えられる。このことを証明するために、黒質緻密部の単一細胞の放電活動の記録と行動選択および自律神経応答との関係を解析する。この結果から、黒質緻密部の細胞が線条体尾状核へどのような情報を送ることで、正しい行動選択に貢献しているのかを明らかにしたい。また背側縫線核(DRN)から黒質緻密部へのセロトニン作動性ニューロンの入力の機能的遮断をセロトニン受容体阻害薬によって行ない、このセロトニン入力が、ドーパミンが担う情報をどのように調節しているかを明らかにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナによる製造と流通の混乱から、単一神経細胞の発火活動の電極等の納期が予測できず、実験計画が立てにくくなったことで、黒質からのニューロン記録が遅れること予測されたため、実験計画の順番を入れ替え本年度から記録することにした。これにより、主な消耗品である電極の購入が無かったこと、また学会がほとんどリモートになり、旅費の使用がなかったこと等が原因である。
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