2022 年度実施状況報告書

ストレスによる行動変容に対するドーパミンとセロトニンの役割を明らかにする研究

研究課題

研究課題/領域番号	20K06916
研究機関	関西医科大学
研究代表者	上田康雅関西医科大学, 医学部, 講師 (60332954)
研究期間 (年度)	2020-04-01 – 2024-03-31
キーワード	大脳基底核 / 線条体 / ドーパミン / セロトニン / ストレス / 尾状核 / 意思決定 / 運動制御
研究実績の概要	これまで大脳基底核の線条体は、運動制御に関わる重要な神経核であることが報告者を含めた多くの研究結果から示されている。報告者は、眼球運動制御に関わることが知られている線条体尾状核に注目し、眼球運動を用いた意思決定課題をストレス強度が異なる条件下でサルに遂行させ、強いストレス存在下では課題の成功率が低下することを発見した。この尾状核には、黒質からドーパミン作動性の入力がある。この入力はこの課題においてどのような機能的役割を果たすのかを解明する研究を行った。尾状核には直接路と間接路があり、それぞれドーパミンD1およびD2受容体を主に発現していることが知られている。これらの受容体の機能的遮断を行うためにドーパミンD1受容体およびD2受容体の拮抗剤を尾状核に注入した。この結果、課題における行動選択のデータからドーパミンD1受容体とD2受容体の拮抗剤の注入では、D2受容体の拮抗剤注入の方が、行動選択が障害を受ける影響が強いこと。また自律神経反応もストレス強度の切り分けができなくなっているということを示す結果が示唆された。特に、ストレスがある時に、それに抗して報酬を取りに行く場合、D2受容体をブロックすると、D1受容体に比べて長い間、課題の失敗を繰り返すことが示された。ストレスに耐えて正しい選択をするためには、黒質からのD2受容体を介した入力情報が、非常に重要であることが示唆された。同じ課題を用いてサルが感じている内的なストレス状態を評価するため顔温度を計測した。この結果、薬剤注入前の動物では、ストレスが強い状況下では、課題開始後顔温度が低下していく傾向が観察されたのだがD2受容体をブロックした場合、そのような顔温度の低下は観察されなかった。このことは、線条体尾状核へのドーパミン入力がストレス強度の状態をコードするために重要な役割を担っていることを示唆している。
現在までの達成度 (区分)	現在までの達成度 (区分) 2: おおむね順調に進展している理由当初計画していた研究計画で必要な、海外製の消耗品の輸入がコロナの影響により手に入らない時期があったため、動物のトレーニングや実験の遂行の順番が前後した。動物の課題のトレーニング終了後、まず黒質緻密部からの課題遂行中の単一神経細胞の放電活動の記録を行う予定であったが、上記の理由により遂行の順番を入れ替えた。尾状核の直接路と間接路のドーパミンを介した情報処理プロセスにストレスが与える影響を明かにする研究を、先に遂行することにした。この結果、尾状核へのドーパミン入力の機能的遮断を行うと、ストレスに抗して正しく行動選択を行うことが困難になることが示唆され、尾状核へのドーパミン入力がストレス存在で正しい意思決定を遂行するために非常に重要な機能的役割を担うことが明らかになった。また、これは予想していなかったことだが、ドーパミンの尾状核への入力の機能的遮断を行うと、ストレス強度を反映していると考えられる自律神経応答が、コントロール実験では見られていた反応が、観察されなくなった。この結果について、現在データをまとめ追加実験を遂行するとともに、論文として発表する予定である。
今後の研究の推進方策	今後は、尾状核においてセロトニンの拮抗薬の注入し、ストレス存在下における行動選択の変化および自律神経反応を観察することで、尾状核において、動物が感じているストレスに抗って正しい行動選択をするために、セロトニン入力が果たす役割はなにか、またドーパミンの入力による機能的役割とは何が異なるのかを明らかにしたい。次に、異なるストレス強度の中、課題を遂行中のサルから、黒質のニューロンの単一神経細胞の放電活動の記録を行う。これまで使用してきた動物を用い、異なるストレス強度(動物が置かれている状況)を黒質のドーパミン細胞の活動に反映されているか、もしそうだとすれば、尾状核にドーパミンを介して入力する情報とそれをブロックしたことで観察された、行動選択の障害や自律神経反応の変化を説明するのに矛盾しないかを慎重に調べたい。放電活動の記録は、動物の行動選択とニューロン活動の対応が取れるので、ストレス存在下で正しい行動ができなくなる(不適切な行動選択をする)ことがあった場合、その失敗が黒質の放電活動によって説明できることを期待して、研究を進めていきたい。
次年度使用額が生じた理由	当初計画していた研究計画で必要な、海外製の消耗品の輸入がコロナの影響により手に入らない時期があったため、この消耗品が不要な実験から先に遂行することを強いられた。このことによって、いくつかの計画については実施時期が前後し次年度に使用額が生じた。今年度は、単一神経細胞の活動の記録に必要な電極の購入と、線条体に対するセロトニン受容体の阻害剤の購入、および実験で必要となる消毒薬の購入を主に、論文の投稿料と校閲料さらに情報収集のための海外の学会の参加費等に使用する計画である。