研究課題/領域番号 |
20K06925
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
伊藤 美佳子 名古屋大学, 医学系研究科, 特任講師 (60444402)
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研究分担者 |
大河原 美静 名古屋大学, 医学系研究科, 准教授 (80589606)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 先天性筋無力症候群 / GFPT1 |
研究実績の概要 |
先天性筋無力症候群 (CMS: congenital myasthenic syndromes,)は筋力低下や易疲労性を呈し、軽度から重度の呼吸困難、嚥下困難、四肢筋力低下が認められるが、その分子病態は十分解明されていない。CMSの中で、タンパク質や脂質の糖化酵素であるGFPT1(Glutamine:Fructose-6-Phosphate Transaminase 1)の変異が原因分子の一つであり、肢帯型の筋力低下が特徴である。GFPT1は、UDP-N-アセチルグルコサミン(UDP-GlcNAc)を合成するヘキソサミン生合成経路(HBP)の律速酵素であり、UDP-GlcNAcは、タンパク質および脂質のN結合型およびO結合型のグリコシル化の基質である。 GFPT1は多くの組織で至る所で発現している。興味深いことに、骨格筋では、選択的スプライシングされた54ヌクレオチドのexon 9を含むlong isoform GFPT1-Lが生成されており、その酵素活性は低い。しかし、なぜ骨格筋がこのisoformを高発現しているのかはよくわかっていない。ここでは、骨格筋におけるGFPT1-Lバリアントの役割を調査するために、exon 9スキッピングマウスを作製し、その表現型を解析した。現在までの研究で、Gfpt1-L-/-マウスは若年では形態に変化が見られないが、高齢になるにつれて筋力低下が起きることが明らかになった。GFPT1-Lが骨格筋で欠損することで、神経筋接合部の構造異常を起こすことが判明し、シグナル伝達の障害が筋力低下の原因と考えられる。また、解糖系の代謝産物が減少しており、エネルギー産生の異常が推測される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
Gfpt1-L-/-マウスは、Gfpt1のexon 9を削除することにより、CRISPR / Casシステムを使用して、当施設の動物施設で作製した。骨格筋および心臓におけるexon 9のスキッピングは、RT-PCRによってホモ接合マウスで確認した。運動能を調べるために、加速ローターロッドテストでは、Gfpt1-L-/-マウスは、野生型マウスと比較して、12か月齢から筋持久力が20から30%低下することが明らかになった。 Gfpt1-L-/-マウスは、12か月齢で野生型マウスよりも体重増加を示した。骨格筋にexon 9が欠如することで神経筋接合部(NMJ)の形成が変化するかどうかを判断するために、大腿直筋と腓腹筋の神経終末をシナプトフィジン(抗Syn)に対する抗体で染色して、acetylcholine receptor (AChR) クラスターをα-bungarotoxinで標識した。その結果、骨格筋でのGfpt1 exon 9スキッピングにより、AChRクラスター領域のサイズを縮小し、AChRクラスターの断片化も増加していた。また、GFPT1関連のCMS患者で四肢の筋肉の筋萎縮が報告されているため、Gfpt1-L-/-マウスの全身のCTスキャンを実施した。 CT画像からは、Gfpt1-L-/-の傍脊椎筋と腰部の皮下および内臓脂肪組織に有意な変化を示さなかった。Gfpt1-Lが筋肉代謝に関与しているかどうかを調査するために、13か月齢のGfpt1-L-/-および野生型マウスの上腕三頭筋を使用してメタボロミクス分析を行った。Gfpt1-L-/-マウスでは、解糖系の代謝産物が約20%の減少していた。一方、上腕三頭筋のRNA-seqデータでは、Gfpt1-L-/-マウスと野生型マウスの間に違いはなかった。
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今後の研究の推進方策 |
現在までに得られたデータから、Gfpt1 exon 9スキッピングにより、神経筋接合部形成と筋肉代謝に部分的な影響があることを示唆している。しかし、そのような表現型を引き起こしたメカニズムはまだ不明であるため、今後、更なる解析を進める。 また、患者変異と同じ、c.722^723insG変異のモデルとしてexon9をスキップさせた、exon10にstop codonを出現させたshort GFPT1を有するマウスを作製しており、このマウスの表現型解析を行っている。c.716^717insGマウスの骨格筋神経筋接合部は、AChRのクラスタリングの断片化が見られたため、電子顕微鏡を用いて、骨格筋の細部の観察を行う。また、c.716^717insGマウスは野生型より体重が重く、皮下脂肪が多いことから、CTスキャンによる内臓脂肪組織の測定を予定している。 マウスはヒトと異なり、筋組織でGFPT2の発現が高く、GFPT1の機能を補助する役割がある。GFPT1 c.722^723insGノックインマウスの表現系が顕著に出なかったのは、GFPT2がGFPT1の機能を補っているためと考えられる。そこで、GFPT2ノックアウトマウスを作製しており、現在患者変異を有するGFPT1のノックインマウスと掛け合わせを行い、表現型解析を進めている。引き続き、運動試験・行動量試験を行い、神経筋接合部特異的に発現している分子の変化を検出し、患者変異GFPT1において、異常を起こした分子メカニズムを詳細に解析する。また、UDP-GlcNAcの量から、神経筋接合部形成や筋肉代謝におけるGfpt1-Lの役割をさらに詳しく調査する。
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次年度使用額が生じた理由 |
マウスではGPT1の他にGFPT2が補助タンパクとして働いていることがわかり、GFPT1の変異だけでは患者と同じ症状を示さなかった。そのため、GFPT2ヘテロノックアウトマウスを作成し、変異GFPT1ノックインマウスとの掛け合わせを行い、ダブルノックイン、アウトマウスを作出した。このマウスが次年度、ようやく12ヶ月齢になり、マウスの解析実験が行える予定である。また、参加予定をしていた学会がハイブリッド開催であったため、現地参加したのは1つの学会のみで旅費の支出が少なかった。 次年度の使用計画は、実験器具類、試薬類、共通機器使用料、学会が実地開催になれば旅費の予定である。
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