研究課題
大脳基底核と小脳はどちらも、随意運動の発現と制御において重要な役割を果たし、障害されると運動障害が生じることが知られている。また、どちらも大脳皮質から入力を受けて情報処理を行った後、視床を介して情報を戻すことにより、大脳皮質の活動を調節している。2021年度は、ヒトに近いモデル動物であるニホンザルにおいてパーキンソン病(PD)モデルを作製し、大脳基底核と小脳の神経活動を記録し、正常サルとの比較を行った。PDサルにおいて、大脳基底核の出力部である淡蒼球内節 (GPi) の自発発火を調べてみると、頻度は健常サルと違いはなく、オシレーションなどの異常な発火様式も観察できなかった。一方、大脳皮質運動野に電気刺激を加えてGPiの応答様式を調べてみると、健常サルでは「早い興奮-抑制-遅い興奮」という3相性の応答が観察されるが、PDサルでは運動開始の情報を担う「直接路」を介する抑制が消失し、早い興奮-遅い興奮という応答が観察された。L-ドーパを投与して治療を行うと、症状が回復すると同時に「直接路」を介する抑制が回復し、健常サルと同様な3相性応答が観察されるようになった。この結果から、PD では運動開始に必要な「直接路」を介する情報伝達が減弱するため、「無動」の症状が起こることが示唆された。また、視床下核に GABA 作動薬を投与して活動をブロックすると、症状が回復するとともにGPiで「直接路」を介する抑制が回復した。これは、視床下核ブロックによって、運動を抑制するように働く「ハイパー直接路」と「間接路」を介するGPiへの興奮性入力が消失し、「直接路」を介する抑制が相対的に回復したことによる。この結果により、進行期の患者に対して行われる視床下核の脳深部刺激療法の治療メカニズムも説明することができる。現在、小脳の出力部である歯状核の神経活動についても、同様の方法を用いて解析を進めている。
2: おおむね順調に進展している
これまでに、大脳基底核から視床への情報伝達の異常がパーキンソン病の症状発現に寄与するメカニズムを明らかにすることができた。また、健常サルにおいて、化学遺伝学を用いることによって小脳から視床への出力を経路選択的に抑制し、運動への影響を調べる実験も開始した。これらのことから、おおむね順調に進展していると考えた。
光遺伝学を用いることにより、大脳基底核から視床、または、小脳核から視床への情報伝達を経路選択的にブロックし、運動への影響を調べる実験を進めてきた。しかしながら、光の広がる範囲が限局するなどの原因により、行動への影響が十分ではなかった。そのため、より広い範囲の神経伝達を経路選択的かつ効果的に抑制するために、化学遺伝学を用いた実験を開始した。大脳基底核から視床、および、小脳核から視床への神経伝達をブロックした際の運動変化を調べることにより、これらの経路を介する情報伝達が運動制御において果たす役割を明らかにする予定である。
研究成果を国際学会で発表するために海外出張旅費を確保していたが、今年度は海外出張が難しい状況であったため使用しなかった。また、ニホンザルを購入したいと考えていたが、今年度は入手可能な数が少なかったため、来年度の使用を予定している。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 2件、 招待講演 2件)
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