生体内においてリン酸無水物はアデノシン三リン酸に代表されるように,優れた化学的反応性を有し,ヒドロキシ基やカルボキシ基のリン酸化反応の反応剤として機能する。とりわけ糖の1位ヒドロキシ基やアミノ酸のカルボキシ基がリン酸化された場合には,これらの官能基は脱離基へと変換され,グリコシド結合やペプチド結合の形成が促される。我々はこのような生体内で行われる反応をモデルとして,グリコシル化反応やアミド化反応を触媒する環状リン酸無水物の開発研究を行った。分子設計において最も鍵になる点は,触媒サイクルの最終段階となる触媒再生過程であるが, 2つのリン酸残基を同一分子内の適切な位置に配置すればエントロピー変化が最小とすることで可能であると考え,①ベンゼン環の1位と2位にリン酸基を有するリン酸環状無水物,②ナフタレン環上の1位と8位にリン酸基を有するリン酸環状無水物,③ビフェニル環の2位と2’位にリン酸基を有するリン酸環状無水物を触媒候補物質として導出した。2つのリン酸基の導入については芳香環上のリチオ化に続くクロロリン酸エステルとの反応,ニッケル錯体を触媒として用いる亜リン酸エステルとのクロスカップリング反応により達成した。合成した①の5員環をもつものや③の7員環をもつものについては,開環したビスリン酸との混合物として得られた。一方,②の6員環構造をもつものについて化学的に極めて安定であり,リン酸無水物構造をもつ単一化合物として得ることができた。カルボン酸とアミンとの脱水反応による直接的なアミド結合形成反応では,①について弱いながらも触媒活性を認めることができた。本研究において環状リン酸無水物の合成法と物理化学的性質,さらにアミド化反応に対する適用可能性について知見を得ることができたが,今後はさらに反応性の優れた硫酸などとの環状混合酸無水物についての合成及びアミド化触媒への適用していく。
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