研究課題/領域番号 |
20K07011
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
平田 祐介 東北大学, 薬学研究科, 助教 (10748221)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | トランス脂肪酸 / 細胞死 / 炎症 / 細胞老化 |
研究実績の概要 |
トランス脂肪酸は、多くの疫学研究から、循環器系疾患や生活習慣病等の諸疾患のリスクファクターとされてきた一方、分子・細胞レベルでの解析例に乏しく、具体的な作用点や作用機構は不明で、詳細な疾患発症機序は未解明である。そこで本研究では、最近新たに見出した、トランス脂肪酸による細胞老化促進作用について、その分子機構の詳細を明らかにし、細胞・個体レベルでの解析により、疾患発症機序の全容解明を目指す。また、確立した毒性分子基盤を基に、トランス脂肪酸の多様な分子種ごとの包括的毒性リスク評価、シス脂肪酸による強力な病態改善作用の分子機構を明らかにする。 本年度の解析から、トランス脂肪酸によるDNA損傷時の細胞老化および炎症(SASP)促進作用について、IL-1シグナルの活性化亢進によるものであることが特定できた。多様な分子種ごとの毒性リスク評価から、代表的な人工型トランス脂肪酸(食品製造過程で産生)であるエライジン酸が強力に細胞老化を促進する一方で、バクセン酸のような天然型トランス脂肪酸(ウシなどの反芻動物由来)では、細胞老化の促進が認められないことが判明し、特に人工型のトランス脂肪酸によって引き起こされる作用であることが示唆されてきた。また、希少トランス脂肪酸であるトランスアラキドン酸についても同様に解析を行ったところ、細胞老化促進作用は認められなかった一方で、あるプログラム細胞死誘導シグナルの活性化抑制に寄与していることが分かってきた。さらに、代表的なシス脂肪酸であるDHAにより細胞外ATP誘導性細胞死の促進が抑制される作用についても、詳細な解析によって、その作用点がストレス応答キナーゼASK1であることが判明した。 以上のように、当初予定していた3点の研究計画が順調に推移しており、次年度は、マウス個体レベルでの解析など、当初の実験計画に基づいて研究を遂行する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は、当初より計画していて3点の研究計画について、以下のような成果が得られた。 1)細胞老化促進作用の詳細な分子機序の解明:トランス脂肪酸によるDNA損傷時の細胞老化および炎症(SASP)促進作用について、その作用機構を詳細に解析したところ、本作用が、IL-1シグナルの活性化亢進によるものであることが特定でき、直接的なターゲット分子の同定に近づきつつある。 2)トランス脂肪酸の分子種ごとのリスク評価:トランス脂肪酸による細胞老化促進作用について、その分子種ごとの作用の違いを解析したところ、代表的な人工型トランス脂肪酸であるエライジン酸が強力に細胞老化を促進する一方で、バクセン酸のような天然型トランス脂肪酸では、細胞老化の促進が認められないことが判明した。さらに、希少トランス脂肪酸であるトランスアラキドン酸についても解析を行ったところ、細胞老化促進作用は認められなかった一方で、あるプログラム細胞死誘導シグナルの活性化抑制に寄与していることが分かってきた。 3)シス脂肪酸による病態改善作用の分子機構の解析:トランス脂肪酸による細胞外ATP誘導性細胞死の促進作用が、DHAなどの高度不飽和脂肪酸によって顕著に抑制される作用について、その詳細な分子機構を解析したところ、DHAの作用点は、ATPの受容体P2X7の下流でNADPHオキシダーゼによるROS産生に伴って活性化するストレス応答性キナーゼ分子ASK1であることが分かってきた。 以上のように、当初予定していた3点の研究計画が順調に推移しており、さらに、トランスアラキドン酸の新たな生理作用が判明するなど、想定外の新たな発見もあった。したがって、今年度は当初の計画以上に進展があったと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
1)細胞老化促進作用の詳細な分子機序の解明:トランス脂肪酸による細胞老化促進作用について、関連を見いだしたIL-1シグナル経路の解析から、直接的なターゲット分子の探索・同定を進め、同定後には、ターゲット分子の機能への影響などを調べることで、トランス脂肪酸の詳細な作用機構を明らかにする。 2)トランス脂肪酸の分子種ごとのリスク評価:トランス脂肪酸による細胞老化促進作用について、エライジン酸が特に強力な促進作用を示した今年度の結果を踏まえ、当初の計画通り、エライジン酸を豊富に含む食餌を与えた際のマウスの病態解析(NASHなど)を本格的に進めていく。また、希少トランス脂肪酸の関与を見いだしたプログラム細胞死誘導シグナルについて、その細胞死誘導刺激時の産生機構や、シグナル活性化抑制の分子機構について、解析を進めていく。 3)シス脂肪酸による病態改善作用の分子機構の解析:DHAなどの高度不飽和脂肪酸の作用点として同定したASK1の、細胞外ATP刺激時の活性化抑制機構について、詳細に解析を進めていく。一方、トランス脂肪酸によるDNA損傷誘導性細胞死の促進作用が、オレイン酸などの別のシス脂肪酸で抑制される現象については、まだ分子機構の解析が進んでいないことから、今後は本抑制作用についても、詳細に解析を進めていく予定である。 上記解析に加え、今後は、カナダ・トロント大学のSergio Grinstein教授との海外共同研究により、生体膜あるいや膜タンパク質の性質・局在性や機能に対してトランス脂肪酸が与える影響について、解析を進めていく予定となっており、同教授より実験上のアドバイスやツールの提供を受けながら、研究を進めていく予定となっている。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究計画では、旅費10万円の使用を想定していたが、コロナウイルス感染拡大に伴う学会の中止、オンライン開催への変更などに伴い、学会の出張が全てキャンセルとなってしまったことから、旅費の支出が0円になってしまった。その分の経費を、当初の計画より増額が必要となった物品費やその他に回したが、残り分は次年度に使用することとした。この余剰金については、トランス脂肪酸種間の毒性リスクの評価にあたって必要となる、未購入の脂肪酸や、残りわずかとなってしまった脂肪酸の購入費に充当する予定である。
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