本研究は、細胞増殖必須因子であるポリアミンが核酸合成経路の酵素遺伝子であるPaics及びImpdh遺伝子の翻訳制御を介して細胞増殖の促進に寄与する分子メカニズムを明らかにすることを目的にしている。マウス乳がん由来FM3A細胞及び線維芽細胞であるNIH3T3細胞を用いて、ポリアミン合成阻害によりPAICS蛋白質と細胞内IMP量の低下が相関すること、そしてPaics遺伝子のノックダウンでもIMP量の低下が認められたことから、ポリアミン減少→PAICS蛋白質低下→IMP量減少というメカニズムが明らかとなった。そこで、細胞増殖への寄与に対する普遍的なメカニズムであるかを明らかにするため、ヒト細胞株のHeLa細胞を用いて同様の解析を行った。当初、ポリアミン合成阻害によりPAICS蛋白質量に変化が見られなかったが、細胞内IMP量は低下することがわかった。そこで、ポリアミン合成阻害の培養日数を3日間から5日間に延長してPAICS蛋白質量を確認すると減少傾向が認められた。これらの事から、マウス由来だけでなくヒト由来の細胞においてもポリアミン減少はIMP量の低下を導くことが明らかとなったが、その分子メカニズムについては種差が存在する可能性が示唆された。マウス及びヒト由来のPaics mRNAの5'-UTR(非翻訳領域)をレポーター遺伝子であるルシフェラーゼに融合したプラスミドを作製してそれらの翻訳活性を評価すると、ヒト由来のPaics mRNAの5'-UTRが存在することで翻訳活性が強く阻害されていることがわかった。この結果が、ポリアミン量の変化によるPaics遺伝子の発現制御にどれだけ寄与するのかは不明であり、今後の更なる検討が必要である。 以上の事から、ポリアミンによる核酸合成遺伝子の新たな発現制御機構の一端を明らかにする成果を挙げることができた。
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