研究課題/領域番号 |
20K07014
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
高杉 展正 岡山大学, 医歯薬学域, 准教授 (60436590)
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研究分担者 |
橋本 唯史 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所 疾病研究第四部, 部長 (30334337)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | アルツハイマー病 / リピッドフリッパーゼ / アミロイドβ / 小胞輸送 |
研究実績の概要 |
アルツハイマー病(AD)は進行性の認知機能の低下を主訴とする神経変性疾患である.近年,患者脳に蓄積するアミロイドβ(Aβ)を標的とした抗体療法が米国で承認されるなど,AD患者脳でAβが蓄積し毒性を持つことがAD発症原因であるとする「アミロイド仮説」が強く支持され創薬研究が進められている. 一方,Aβ蓄積とは独立した発症機序の存在も示唆されており,病態はより複雑であると考えられ,単一の標的に特化した既知の治療薬の薬効発現は確認しづらく,抗Aβ抗体療法も根本的治療法としてはまだ確立されていないのが現状である.そこでAD病態を正確に把握するため,アミロイド仮説を補完する発症メカニズムの解明と薬物標的の同定が必要とされている. これまでにADの最初期の病態である輸送小胞(エンドソーム)の機能異常とその肥大化に注目し,小胞輸送障害がAD発症の端緒であるとする「交通渋滞仮説」が提唱されていたが,そのメカニズムは不明であった.そこで当研究グループはAD関連遺伝子APPの病的代謝物でありAβの前駆体でもあるβCTFに注目した.βCTFは小胞輸送障害を誘導することが知られており,我々はその輸送小胞内での結合パートナーとしてTMEM30Aを同定していた. TMEM30Aは脂質二重膜内での脂質輸送に関与し,小胞輸送を制御するリピッドフリッパーゼの構成成分である.本年度は動物・細胞をもちいたAD病態モデルにおいてβCTFの蓄積がリピッドフリッパーゼの形成・活性を低下させることを明らかにした.さらにTMEM30Aに由来するβCTF結合性のペプチドT-RAPを同定し,本ペプチドが小胞輸送障害を改善できることを示し,科学誌に発表した. 本研究成果からAD発症機構の解明,及び新たな治療標的の同定につながることが期待される.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度はリピッドフリッパーゼ活性測定系を構築し,動物/細胞由来のADモデルによるリピッドフリッパーゼ活性の低下や小胞輸送障害の検証を進めており,ほぼ当初計画通りに進み,成果をまとめて学術誌への発表も行うなど,研究成果の発信にも努めた。 さらに,AD特異的な小胞輸送障害の改善薬を目指し,βCTF結合性のペプチドについてTMEM30Aの細胞外ドメインの配列を探索し,T-RAP(TMEM30A related amyloid beta interacting peptide)として同定した.樹立した活性測定系や,細胞観察法を駆使して,T-RAPはADモデル細胞系などで起こるリピッドフリッパーゼや小胞輸送の障害を改善しうることを明らかにし,AD病態特異的な輸送障害を治療できる新しい標的として提示することができた.これまでに小胞輸送障害を安定化する薬物は報告されてきたが,疾患特異性が低く副作用の懸念があったが,本標的は病態特異的な標的であるため,副作用の危険性が低い事が期待される. またT-RAPを利用し,AD治療薬候補のスクリーニング法について開発を進めた.本スクリーニング系ではT-RAP類似の化合物を探索することを目的としている.T-RAPはAβとも結合し,その凝集を抑制することが初期的検討として示されており,T-RAP類似化合物は多標的性の治療薬開発につながる可能性があり,より薬効を発現しやすいAD創薬につながる事が期待される. これらの成果から,COVID-19の流行による一時的な研究の停滞はあったものの,概ね当初の研究計画通りに進んでいると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでにAD病態モデルを用いフリッパーゼ活性が低下すること,そして,小胞輸送障害の指標の一つである輸送小胞(エンドソーム)の肥大化などを誘引することを明らかにしている.βCTFと結合しうるT-RAPはリピッドフリッパーゼ低下・小胞輸送障害を改善できる新しい標的であるとともに,もう一つの病因因子であるAβとも結合し,その凝集を抑制するため,一薬で複数の治療効果をもつ可能性がある.今後T-RAPと類似した性質を持つ化合物をスクリーニングするとともに,T-RAP自身の治療効果を検証をAD動物モデルを用いて進めていくことを予定している.そのため,T-RAPを脳内で発現できるアデノ随伴ウイルス実験系の構築を進めている.また,in vivoでより解析しやすい化合物を同定することを予定しており,すでにT-RAP類似化合物をスクリーニングする系は確立している. また,TMEM30Aと結合しリピッドフリッパーゼの核となる酵素活性ドメイン(P4-ATPaseファミリー)には複数種存在する.そのためAD患者や,AD病態が発現しやすくβCTFの蓄積が報告されているダウン症患者由来のiPS細胞・患者脳サンプルの解析により,影響を受けやすいP4-ATPaseを同定することを予定している.特にADの新しい遺伝子リスクとされるATP8B4に注目する予定である. 確立したリピッドフリッパーゼ活性測定系については検証を進め,より一般的に使いやすい手法に改良することで,神経を始め多くの組織の病態に関わっているリピッドフリッパーゼを標的とした薬物の開発に結びつけるとともに,論文として発表し周知に努めたいと考えている.
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