研究課題
細胞傷害性ストレスにさらされた細胞では、ミトコンドリアはATP産生によって細胞の生存を支える通常の機能を失い、逆に細胞死へのシグナルを積極的に発信する。よって、ミトコンドリアの機能低下の程度を的確に感知し、それに見合った適切な情報をミトコンドリア内外の分子や他のオルガネラに伝える必要がある。我々は、その機構を担う分子としてミトコンドリア局在プロテインホスファターゼPGAM5に着目して研究を進めている。以前我々は、ユビキチンリガーゼParkin を発現した HeLa 細胞に脱共役剤 CCCPを処理してマイトファジーを誘導すると、その初期に起こるミトコンドリアの外膜破壊に伴って切断型 PGAM5 がミトコンドリアから放出されることを見出している。そこで切断型 PGAM5分子の細胞内局在を検討したところ、一部は核に局在したことから、 PGAM5 の結合分子として以前同定していた核タンパク質 SRm160/SRRM1 に着目した。SRm160 は pre-mRNA 選択的スプライシングやmRNAの核外輸送の調節因子であり、定常状態で高度にリン酸化されている。リコンビナントPGAM5 は in vitro において SRm160 を脱リン酸化し、細胞に切断型 PGAM5 を発現させた際にも内在性 SRm160 の脱リン酸化が誘導されたことから、SRm160 はPGAM5 の脱リン酸化基質となることが示された。さらに、マイトファジーの過程で SRm160 が脱リン酸化され、その脱リン酸化は PGAM5 の発現抑制によって減少することが明らかとなった。よって、マイトファジーの過程で切断された PGAM5 の一部が核に移行し、 SRm160 のリン酸化レベルを調節することで、ミトコンドリアの機能低下の状況に応じた適切な細胞応答を制御することが示唆された。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究では、①ミトコンドリアのストレス感知機構、②タンパク質リン酸化によるシグナル伝達機構、③細胞の新たなストレス応答機構に解析項目を分けて研究を遂行している。①ではPGAM5分子自体がストレスに対してどのように応答するか、②ではミトコンドリア内外の分子にPGAM5がどのように働きかけるか、③では②で見出す標的分子に対しての働きかけにより、どのような細胞応答が導き出されるかをそれぞれ明らかにしたいと考えている。今年度は項目②で大きな進展があった。マイトファジー誘導時のミトコンドリアの外膜破壊に伴ってミトコンドリア外に移行した切断型PGAM5の少なくとも一部が核に移行し、mRNA代謝に関わる核タンパク質SRm160/SRRM1の脱リン酸化に働くことを見出し、論文として発表した。項目①についてはPGAM5の切断および多量体化の意義を探るため、多量体化に異常のあるいくつかのPGAM5点変異体を作製し、それぞれの細胞内での挙動や酵素活性の検討を開始した。項目③については項目②での成果を踏まえ、PGAM5制御下でミトコンドリアストレス依存的に変動するmRNAを特定するための実験に着手した。
当初の予定通り研究を進める。とくに、マイトファジー誘導時にミトコンドリアから放出された切断型PGAM5が、マイトファジー後期におけるマイトファジーの進行自体に影響を及ぼすことを示すデータを得ていることから、その分子機構を詳細に解析する予定である。さらにその過程で重要な働きを担う分子としてPGAM5の新たな基質分子候補も見出していることから、ミトコンドリアストレスに対応する新たなシグナル伝達経路の発見につながることが期待される。
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