研究課題
統合失調症は、陽性症状、陰性症状および認知機能障害を示す重大な精神疾患であり、現在の治療では十分な効果が得られない難治例も多い。現在、精神疾患の診断は精神症候学に依拠しており、病態を反映した客観的な診断法はなく、治療法の開発も遅れている。養子研究や双生児研究などの遺伝疫学的研究から、統合失調症の発症には多因子の遺伝要因と、母体ウイルス感染などの周産期のイベントによる環境要因が深く関与していることが示唆されているが、発症メカニズムの詳細は未だ不明であり、病態に基づく治療薬開発が進んでいないのが現状である。申請者の所属する研究グループは、網羅的ゲノム解析により統合失調症の発症に強く関連するコピー数多型(CNV)としてARHGAP10を含む多数の遺伝子を日本人の統合失調症患者で同定し、ゲノム編集技術を用いて統合失調症患者と同様の遺伝子変異を有する新規モデルマウスを作製した。2020年度は胎生14日から生後56日のマウスの線条体、前頭皮質、海馬、小脳および脳幹におけるArhgap10 mRNAの発現を調べた。小脳、線条体および前頭皮質のArhgap10 mRNAレベルは年齢依存的に増加し、生後0日と比較して生後56日では有意な増加が観察された。生後56日齢における脳内のArhgap10 mRNAレベルは、線条体および側坐核が最も高い値を示し、次いで前頭皮質でその発現が認められた。海馬や黒質・腹側被蓋野および縫線核など他の脳部位においてArhgap10 mRNAレベルは低い値を示した。In Situハイブリダイゼーション法でも線条体、前頭皮質および小脳でArhgap10が発現することを確認した。2021年度は、線条体および側坐核の神経細胞の形態変化について詳細に調べた。
2: おおむね順調に進展している
RhoAおよびCdc42シグナルは神経細胞の形態に重要であることが知られている。2021年度は、Arhgap10変異マウスの線条体および側坐核の神経細胞の形態変化についてゴルジ染色法を使用して詳細に解析した。Sholl解析の結果、Arhgap10変異マウスの線条体の神経突起の分岐および複雑性は野生型マウスと比較して有意に増加した。同様の結果が、側坐核の神経細胞でも観察された。これらの結果は、Arhgap10の遺伝子変異により複雑な突起を有する神経細胞が線条体や側坐核で異常に増加することを示唆している。Rhoシグナルはアクチンの再構成に重要であり、アクチン細胞骨格の安定性はスパインの形態および密度に必須の要素である。統合失調症では、大脳皮質におけるスパインの形態が変化していることが報告されている。つぎに、Arhgap10変異マウスの線条体および側坐核における神経細胞のスパインの数を計測した。野生型マウスと比較して線条体と側坐核で神経細胞の樹状突起上に存在するスパインの数はArhgap10変異マウスで有意に増加した。樹状突起のスパインは形態によりthin、stubby、branchおよびmushroomに分類される。Mushroom型は大きな頭部と細いネックで形成されるスパインで興奮性シナプスである。一方、thin型は頭部を欠き、細いネックの興奮性シナプスが少ないスパインである。Mushroom型スパインの数は、野生型マウスと比較してArhgap10変異マウスで有意に増加したが、thin、stubbyおよびbranch型のスパイン数は両群間に有意な差が認められなかった。これらの結果から、Arhgap10の遺伝子変異は樹状突起のスパイン形態変化を惹起することで神経活動依存的な神経機能不全をもたらす可能性がある。
形態学的解析、神経機能解析およびRhoシグナル阻害薬の評価を予定している。形態学的解析では、細胞特異的マーカータンパク質の免疫染色によりドパミン、グルタミン酸およびGABA作動性神経の細胞数を解析する。神経機能解析では、神経活動マーカーcFosの発現解析を行う。また、マイクロダイアリシス法により細胞外ドパミン遊離量を測定する。行動試験により高次脳機能(不安、運動機能、学習記憶、情報処理機能、衝動性、視覚認知)を評価する。Rhoシグナル阻害薬の評価では、Rhoキナーゼ阻害薬を経口/腹腔内投与したマウスの脳内薬物濃度を液体クロマトグラフィー質量分析装置で測定し、脳内濃度がKi値を超える投与量を設定する。上述のARHGAP10変異マウスの解析で認められる異常がRhoシグナル阻害薬の投与により改善するかどうかを評価する。
マウスの匹数が予定よりも少なくて統計学的有意差を得ることができたため、来年度の使用予定のマウス代に使用する。
すべて 2021
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (4件) (うち招待講演 4件)
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