研究課題/領域番号 |
20K07236
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
岩永 ひろみ 北海道大学, 医学研究院, 准教授 (30193759)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 細胞組織化学 / 皮膚感覚装置 / グリア可塑性 / 終末シュワン細胞, / プリン作動性信号 |
研究実績の概要 |
ラット頬ひげ動き受容器 槍型終末は,薄板突起で軸索を包む終末シュワン細胞と自由突起を放射する星形シュワン様細胞の2種グリアを随伴する。両者はともに,軸索終末が興奮依存的に放出するという信号物質ATPの受容体P2Y2を発現し,若い動物では両者の形態的中間型を多く認める。前年度までの研究でこの中間型がP2Y2遮断剤投与で減少する傾向がみられた。この点を精査するため,以下の実験1,2を行った。 実験1.グリアが緑色蛍光を発する遺伝子改変ラットを用い,槍型終末が形態的に成熟するとされる生後21日とその後の28日令の動物をホルマリン経心灌流固定。実体顕微鏡下に頬ひげ毛根を毛包・周囲組織とともに一塊として剖出。この丸ごと標本にニューロン特異蛋白PGP 9.5の赤色蛍光免疫染色を施して槍型軸索終末を染め出し,共焦点顕微鏡で立体再構築した。槍型終末の半分以上の長さを被う薄板突起をもつものを終末シュワン細胞,そうでないものを星形シュワン様細胞とし,両者の生後発達に伴う分布変化を解析した。 実験2.特異的P2Y2遮断剤を生後21日から7日間局所皮下投与した後,28日令で頬ひげ毛根部の丸ごと標本を実験1と同様に作成。2種グリア細胞の分布を投薬群と対照群で比較した。 実験1で,21日令と28日令ラットの対応する頬ひげの毛包周囲終末シュワン細胞総数はそれぞれ平均257個と268個,星形シュワン様細胞総数は平均95個と71個(n=4)であり,形態成熟後の槍型終末グリア鞘に後者が動員されているものと推測された。また,いずれの日令でも,星形シュワン様細胞は毛隆起のある毛包尾側4分の1周に集まる傾向を示した。実験2では, P2Y2受容体遮断剤投与で星形シュワン様細胞の毛隆起側への集積傾向が消失し,細胞分布が軸索終末の活動に依存する可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
令和3年度は,すでに形態成熟した生後21日および28日令ラット頬ひげ槍型終末を観察対象とし,ホルマリン固定組織から槍型終末を含む毛包丸ごと標本を分離して共焦点顕微鏡で立体観察し,(1)槍型終末のグリア鞘をつくる終末シュワン細胞とその予備軍とされる星形シュワン様細胞の総数・分布様式の毛包成長に伴う変化の解析,(2)生体レベルでのP2Y2受容体遮断が2種グリア細胞に与える影響の組織化学的解析,を計画していた。 上記(1)に関しては,星形シュワン様細胞が形態成熟後の感覚終末グリア鞘に終末シュワン細胞として動員される可能性を強く示唆する所見がえられ,ほぼ,当初の計画通りに実験を進めることができた。しかし,(2)に関しては,プリン作動性信号遮断によるグリア細胞の分布変化が新たに見出されたものの,データの信頼性を確保し,観察された現象の背景と感覚終末の生後発達に及ぼす影響を解析するためには,実験数が不足である。
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今後の研究の推進方策 |
日令のことなる若いラットでみられた,星形シュワン細胞と終末シュワン細胞の総数の変化に関しては,細胞種間の形態移行によるものかそれぞれの細胞種個別の増減によるものかを検討するため,上記実験1をさらに行うとともに,分裂期またはアポトーシス状態の細胞を検出する組織化学染色を行う予定である。これらの染色法が頬ひげ毛包丸ごと標本に応用可能であることは,すでに予備実験によって確認した。また実験1と同様のやり方で,問題の2種グリア細胞の総数変化を成熟期(6カ月令)と老年期(1年令)のラットについてもしらべる予定である。 一方,P2Y2受容体活性に依存した星形シュワン様細胞の毛隆起周辺への集積に関しては,上記実験2の例数をさら重ねて受容体遮断による形態変化を精査するとともに,毛包隆起付近の結合組織に多く存在するといわれる諸成長因子とプリン作動性信号が星形シュワン様細胞に及ぼす相互作用について,生きた分離組織標本を用いた実験でしらべる予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
毛包丸ごと標本の画像記録・解析のため,所属研究室に設置された旧式の共焦点顕微鏡システムを使用していたが,予期しなかった機器不調が頻発するようになり修理困難であることから,学内共同利用機器室の新しい顕微鏡を併用していた。次年度は,主要機器としてこの共同利用顕微鏡を用い,それによって得られる膨大なデータを効率的に解析するため,未使用額の一部を解析用コンピューターシステム(一式40万円)の購入にあてる。 また,毛包丸ごと標本の作成と画像記録・解析のため実験支援者を雇用する予定だったが,令和2年度に続き令和3年度もほぼ全体を通して,新型コロナウイルス感染症拡大防止のためそれが困難となった。とくに,急速な感染拡大傾向にあった5―6月および8―9月は,研究者自身の施設への立ち入りも強く制限され,実験に必要な遺伝子改変ラットの繁殖も行うことが出来なかった。これらの理由から予定していた回数の実験を行えず,実験のための高価な試薬(遮断剤等,使用期限は納品1か月以内,価格は実験1回分平均2万円)の購入も控えなければならなかった。こうした制限の中で,一貫性のある興味深い所見が得られたので,未使用額は,その所見を確認・精査する追加実験のための試薬購入にあてる予定である。
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