文脈学習には、CA1ニューロンのAMPA受容体を介した興奮性シナプスとGABAA受容体を介した抑制性シナプスの両方で可塑性が必要であるが、GABAA受容体を介したシナプスの学習誘発可塑性の詳しいメカニズムは不明であった。我々は最近、学習によってシナプス後部のGABAA受容体チャネル数が増加し、GABAA受容体β3サブユニットの細胞内ループ(Ser408-409)がリン酸化されることを報告した。そこで、本計画ではSer408-409のリン酸化とシナプス可塑性、学習との因果関係を調べるため、細胞透過性のHIVタグペプチドを用い、Ser408-409を標的とした新規ペプチド型リン酸化阻害剤(Tat pep β3-SS)を合成した。自由行動下において、Tat pep β3-SSまたは部位特異的変異コントロール(Tat-pep β3-AA)をCA1領域に両側からマイクロインジェクションし、文脈学習(IA課題)、急性スライスパッチクランプ、ウェスタンブロット、免疫染色という実験方法によって検討した。その結果、Tat-pep β3-SSはIA課題における想起テストの成績を低下させたが、Tat pep β3-AAでは低下しなかった。Tat-pep β3-SSは、IA訓練に依存するSer408-409のリン酸化、シナプス後GABAA受容体β3サブユニットの発現、CA1錐体ニューロンにおける抑制性シナプスの強化を阻害した。 これらの結果は、Ser408-409のリン酸化、GABAA受容体を介したシナプス可塑性、および学習の因果関係を示唆している。サブユニットのSer408-409リン酸化の機能的役割を理解することは、複数の認知障害に対する創薬開発に有益である可能性がある。 最終年度では本プロジェクトを通して得られたデータを日本生理学会で発表し、また一部データは査読付き国際誌である「Scientific reports」と「Journal of Physiology」に掲載された。
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