本研究は細胞が環境pHの変動、特に腫瘍内で見られる酸性化に適応する仕組み、およびその医学生物学的意義を解明するものである。本研究の成果として、まずがん悪性化のドライバー分子として知られるPRLを高発現させた細胞では環境pHに対する応答性が変化しており、悪性がん組織で見られる弱酸性のpH環境下で最も盛んに増殖することを発見した。さらにこの仕組みとして、PRL高発現細胞ではリソソーム膜が細胞膜と融合し、高濃度H+などリソソーム内の物質を放出する“lysosomal exocytosis”が生じていることを見つけた。またPRL高発現細胞を用いたゲノムワイドなスクリーニングより、酸性環境適応に関わる遺伝子を複数同定することにも成功している。このうちスコアの高かったいくつかの遺伝子についてはノックダウン、ノックアウトによる検証を行い、実際にlysosomal exocytosisや酸性環境適応に関わる分子を新たに複数、本研究期間を通して同定しその仕組みの解明につなげることができた。一例として、スクリーニングの際にトップヒットであった亜鉛輸送分子をコードする遺伝子についてはノックダウン、ノックアウトによりPRLによるlysosomal exocytosisや酸性環境適応が明確に抑制された。また細胞内亜鉛濃度を計測したところPRL高発現により増加することも見つけており、実際亜鉛キレーターの培地中添加によってもPRLによるlysosomal exocytosisや酸性環境適応を抑制できることを見つけている。このように、本研究からまた細胞が酸性環境に適応する仕組みが次々と明らかになりつつあり、この成果を踏まえさらに研究を進めることでこのユニークながん悪性化機構の全容解明につながるものと期待される。
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